レベルアップ効率が最高だから俺は剣闘奴隷になる
レベル上げが現実に出来たとしたら、全人類がカンストするのには、人間以外の生き物の数は絶対に足りないと思う。
薄暗い空間。鉄と血と糞尿の匂い。狭苦しい牢の中は、俺に分かり易い不快感を与える。
首と腕には鎖が嵌められ、苦しさを感じる。床に広がる血の染みはまだ新しく、自分が補充要員であることを嫌でも教えてくれた。
「ほぅ、貴様が自分から剣闘奴隷になりに来た変人か…………随分と酔狂なことをするものだ」
「アンタが此処の支配人?わざわざ奴隷の所まで来るなんて、随分と暇人なんだね」
「フッ、流石は自ら剣闘奴隷になりに来た男…………活きの良いことよ。まぁ、貴様は私の所有物となった。金に釣られたのかもしれんが…………面白い駒が手に入ったのだ、歓迎しよう」
厳つい支配人がそう言い終わると、その従者が前に出て俺に言葉をかける。
「今日から貴様は貴族達を喜ばせる為に戦うのだ。そして、力を示せば金も、女も、そして自由も手に入る…………それが闘技場のルールだ。それに早速、明日に出場してもらう」
どの闘技場でも同じルールだった。分かり易くてとても良い。
「いいな、それ。早くて助かる」
俺がそう言い放つと、
「…………ハハハ。まぁ、せいぜい死ぬまで好きにするがいい」
「プ……フフ」
と二人から笑われた。まぁ、そう見られるのも仕方ないだろう。
二人は俺に飽きたのか、散々笑った後に奴隷部屋から出ていった。二人ともありがとう、俺のレベルアップに付き合ってくれて。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
バーカめ、あのクズ奴隷が。
金?女?自由?そんな物、クズが手に入れれる訳ね~だろうが。
腸をぶちまけ、脳漿で床の汚し、涙と嗚咽と糞尿を垂れ流して死ぬ。それがお前の運命なんだよ。
「ご主人…………今回もまた良い悲鳴を上げそうなクズが手に入りましたね」
「あぁ、全くだ。」
闘技場で二番目に大事なのは、派手に死んでくれるクズだ。奴隷の命は小石よりも軽いが、少しばかり金がかかるのが困りものだ。それが、今回は自分からやって来てくれた。笑いが止まらねぇよ。
一番?それはお客様が落として下さる金に決まっているだろうが。
「クズどもの軽い命で、貴族様から多くの金が手に入る。本当に素晴らしい商売だよなぁ」
「えぇ、そうですとも」
あぁ、クズの補充が必要だな。また新しく買い替えなければ。自分から来てくれるクズがもっと居てくれれば、無駄な金が掛からなくて良いんだけどよぅ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おう、新人。ようこそ、地獄の一丁目へ。さっきはさんざんイキっていたよなぁ。自分から剣闘奴隷になるなんて、余程のマゾか、変人か…………アンタ、名は?」
隣の牢屋から聞こえて来た声は、随分と明るかった。いや、違う。無理に明るくしている悲壮な声だ。こんな場所に閉じ込められているならそうなっても仕方ないのだろう。
「スパルタクス、とでも呼んでくれ。ところで先輩、アンタはなんで此処に?」
「よくある攫われってやつさ。売買される奴もいるが、俺は相当不幸な方だぜ」
よくある話、なのだろう。力が無い者は全てを奪われる。金、女、自身の自由。その全ては力で手に入れ、力で奪われる。先輩には力が無かったのだろう。ただ、それだけなのだ。
二人で会話をしていると、突如、絶叫が奴隷部屋に響いてきた。
「イテェェェェェェェェェェェェエエエエエエ」
それは余りに悲痛で、余りに悲壮で、余りに不快だった。聞くに堪えない生の悲鳴は、発した本人以上に聞いた者の精神を削る。
声の主は、担架で運ばれていた。両の腕を失い、腹は抉れている。顔は悲壮と絶望と苦痛に歪んでいた。
ひそひそと、他の奴隷たちも騒めいている。アレが明日の自分だと考えると恐怖で身体が竦むのだろう。
「さっき出場した奴だぜ…………あいつ。うぇ、ありゃ死んだ方がマシだな」
「ヒデェ有様だな…………」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
奴隷部屋の空気は一気に冷え込んだ。あんな有様を見せられては気が滅入るのは仕方ない。此処に居る者の多くは力が無いが故に居るのだ。弱者が己が未来の一つを見てしまえば、大なり小なり絶望してしまうのだろう。
「早速嫌なもんを見たな、後輩」
「あぁ、前もこんな光景を見た。まぁ、どこもこんなもんさ」
「前?」
「じゃあ、先輩。俺は明日に備えて寝るぜ」
「ちょっと待てよ」
先輩の言葉を無視して俺は横になって寝る。藁しかない牢屋の寝心地は最悪で、安眠なんて出来ないだろうが、熟睡は出来るだろう。慣れというのは良くも悪くも素晴らしい物だ。
さて、明日はどれだけ稼げるか…………楽しみだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺を含めて十人の剣闘奴隷がは鎖を外され、コロシアムの入り口まで移動させられていた。彼らの後ろには槍を持った者が自らの獲物を、奴隷たちの背中に軽く押し付けている。
「では、拍手でお出迎え下さい!!奴隷たちの入場です」
その掛け声と共に、俺達はコロシアムに入れられた。当然扉は固く閉ざされている。退路は無いと、俺達に言う様だった。
入場した瞬間、安全席からは多くの歓声が響き渡った。これから始まる劇を楽しみにしている下種どもの煩わしい声が、俺の高揚する気分を阻害する。楽しい楽しい稼ぎタイムだと言うのに、もう少し静かに出来ないのか。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁああああ」
向かいの大扉から、人を遥かに超えた巨体を持った化け物が現れる。それを見た誰かが悲鳴を上げた。うるさい。しかし、すぐに静かになるだろう。これから起こることを考えれば、その悲鳴はすぐに止むに決まっているのだから。
その化け物はデカいウサギだった。しかし、その眼は血走っており凶暴さを隠す気配など欠片も無い。赤の瞳はこれから喰う獲物しか見ておらず、口からは涎を汚く垂らしていた。
「ジャイアントラビットか…………久々に見た」
懐かしい獲物だ。何度も狩って、何度も食ったが、最近は余り見なくなった。そういう意味では久々に敢えて嬉しいのかもしれない。
「さて、殺戮ショーの始まりだ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「アレが、魔獣かぁ。初めて見た」
「お宅、此処は初めて?」
「あぁ。でも大丈夫なのか?あんな化け物相手に奴隷どもは勝てるのか?」
「ノンノン。勘違いして貰っちゃ困るぜ。此処では奴隷と魔獣の戦いを見るんじゃない」
「えっ」
「殺戮ショーを見る為に来るのさ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「御主人。あのイキっていた奴隷、立ちすくんでいますよ」
「あぁ。少々期待外れだが、まぁそんなものだろう。所詮、金に目が眩んだ愚か者だっただけだ。どうせ、死ぬときに上げる悲鳴は変わらん」
「それにしても、今日も派手に死にますねぇ。補充が大変です」
「困ったものだ。しかし、貴族たちにはアレくらい派手な方が受けが良いからな」
「長くもって欲しいものです」
「全くだ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一人、また一人と軽い命が散っていく。ジャイアントラビットの前足が雑に振るわれるだけで、人の胴体は吹き飛んで命が失われていく。
悲しいとは思わない。奴らは弱いのだから仕方ないのだ。
それにしても歓声がうるさい。奴隷が一人死ぬ度に拍手と歓声が上がり、コロシアムがドッと沸く。煩わしくて仕方ない。
「そろそろ終わらせるか…………」
さぁ、俺の糧になれ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
とんでもないものを見ていると思う。多分、この場に居る人間以外はきっと誰も信じないと思う光景が、俺の前に広がっていた。
「オラァ!」
と荒ぶった声が上がると、化け物ウサギが吹っ飛んだ。
見るとアレは昨日入って来た後輩だ。拳で化け物ウサギを殴り、蹴り、あっという間に殺して見せた。
命が助かったと思っても、恐怖で身体が竦んで動けない。
なんだ、なんなんだ?アイツは…………。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ジャイアントラビットを撲殺し、俺は経験値が溜まったことを実感した。後少しでレベルが上昇すると感覚で分かった。
観客席は静まり返っている。遠くで見える支配人とその従者は慌てふためいていた。
そして、少し経つと新たなる化け物が現れた。今度はデカい蛇、ジャイアントスネイクだ。
それもすぐに撲殺する。僅か数分の出来事だ。
「さぁ、もっと化け物をだせ!戦い足りないぞ、俺は!」
声を張り上げ、叫び、荒ぶる。手に入るかもしれない経験値を無駄にする訳にはいかない。
俺は転生したゲームのように実際にレベルがある世界に置いて、レベルを上げることに力を注いだ。
レベルという概念を理解できるのは俺だけだったが、レベルを上げると本当に強くなっていった。自分が強くなっていくことを実感できる快楽は、至上の物だった。
朝も昼も夜も、目につく生き物を殺してはレベルを上げていった。人間は効率が悪いので殺さなかったが、獣は大量に狩り尽くした。
そして、俺は困った。レベルが全く上がらなくなっていったのだ。経験値が足りないのだろう。スライムをプチプチ二万体潰した所で、レベルが上がるとは限らないのだ。
化け物を探そうにも、全く見つからない。きっと文明が上がるにつれて、人類が化け物どもを狩っていき、数を減らしていったのだろう。地球でのマンモスとそう変わるまい。
しかし、闘技場は違った。レアな化け物を大量に捕まえ、それを奴隷と戦わせている。最高な稼ぎ場だ。
この世界では化け物が殆ど存在しなくなったので、レベルを大幅に上げることが出来なくなっていた。ならば、レベルが低かろうが化け物と戦ってレベルを上げるしかない。
どうせ一度死んでいるのだ。死の恐怖などもう無い。ならば死ぬまで戦い続け、レベルを上げていくだけだ。
もう三十体は殺した。デカい獅子、デカい狼、デカい馬、デカい山羊、デカいキマイラ、デカいドラゴンなどの死体がそこら中に転がっている。死体の数だけ、俺は強くなれる。もっと、だ。もっとだせ。今回だけでレベルが五つも上がった。最高の気分だ。
「さぁ、もっとだ。もっと、俺に食わせろっ!」
今回でレベルをもっと上げたい。現在は七十八。上限は分からないが、いつか九十九か百にはなりたいものだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おう、聞いたか?剣闘王スパルタクスの話」
「聞いた、聞いた。各地の闘技場を潰し回っている正義の味方だろう」
「そうだ。本当にスゲェよな。この前なんて、六十体の化け物を殲滅したんだろう」
「そうそう、それであの闘技場は潰れて奴隷は解放されたんだってな」
「化け物が居なくなったら、闘技場の運営なんて出来るわけねーもんな」
「自分から奴隷になって化け物どもを殺してくれるなんてなぁ。憧れちまうぜ」
「でもよ、どうして剣闘王は闘技場潰しなんてしてるんだろうなぁ」
「さぁ、わかんね。きっと、奴隷だったから仲間を助ける為とか?」
「まぁ、正義の味方様の考えることなんて、凡人には分かる訳ねーもんな」
「ハハハハハ」
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噂はどこまでも流れていく。剣闘王スパルタクスがレベルを最大まで上げるのが先か、全ての闘技場が閉鎖されるのが先か、それを知るのは当分先の事になりそうである。
お読み頂きありがとうございます。
レベルのある世界があるとしたら、皆レベル上げに必死になると思いますか?
なろうでは皆簡単にレベルを上げれるから必死になりますが、簡単にレベルを上げれなかったら必死になならないと思います。
この話はレベルを上げにくい世界で、皆がレベルのことを意識していない世界です。だからこそ主人公だけはレベルを必死に上げているし、それを他のキャラは理解できません。
普通の人間はレベル上げの為に奴隷にはならないと私は思います。