異世界転生のためにチートになった話
「22才の誕生日に、あなたを異世界に送る。その世界を救って欲しい」
そう告げられたボクは万全の準備を誓った。
が、具体的に何をすればいいのか?
とりあえず、できるだけの努力はしておこう。
そうして明日、ボクは22才の誕生日を迎える。
明日のボクは、どんな世界に立っているのだろうか?
「君の願いを叶えよう。
22才の誕生日、君は異世界に転生する。
その世界を救って欲しい」
10年以上前の話だ。
ボクは小学5年生だった。
当時、すでに身長だけは170cmちかくあったが線は細くて力もなく、「モヤシ」とあだ名をつけられて毎日のようにイジメを受けていた。
学校に行くのがイヤでイヤで仕方なかった。
毎晩「明日が来なければいいのに」と、泣きながらベッドにうずくまって寝ていた。
その時に、こう告げられた。
夢かとも思ったが、胸にうずきを感じてパジャマを脱ぐと、ちょうど心臓の上に六芒星のようなアザができていた。
そして、ボクに見てもらうのを待っていたかのように、直後に一瞬、ぱっと光って消えた。
本当にうれしかった。
中学生になっても高校生になっても、大学に進学しても就職しても、ボクはイジメ続けられると思っていたから。
それが12年後には、世界を救うほどの存在になれるんだ。
ただ、まだ小学生のボクに突然「世界を救って欲しい」と言われても、無茶振りに過ぎる。
そのままなら。
だからきっと、それが可能になるだけの「力」ももらえるだろう。
ボクは22才の誕生日が待ち遠しくて仕方なかった。
といっても、具体的にはどんな「世界」だろう?
ゲームのような剣と魔法の世界で勇者になるのか?
それとも現世の知識を活かして賢者になるのか?
あるいは権力に虐げられた民衆を解放する英雄か?
いずれにしろ、いじめ続けられるだけの袋小路ではない、光り輝く未来が開けた気がした。
もっとも。
当時のボクの成績は、クラスでも真ん中あたり。
殴られても殴り返すことすらできず、ケンカもできないボクに可能性があるのか?
異世界への好奇心もあったし、腕に覚えがあった方がいいんじゃないか?
子供心にそう考えたボクは、小学5年生という遅さだったが、剣道の道場に入門した。
もちろん、最初のうちは年少の2年生にも負けるほど弱かったが、身長があれば間合いも長い。
相手の竹刀が届かない距離から打ち込めることに気がついた。
ステップ……足裁きや身体のヒネリを覚えると、動きだけでなく剣速も上がった。
そうして、中学に上がる頃には初段に認められた。
「異世界」を知るために、自分なりにいろいろ調べた。
「指輪物語」をはじめとして、世界中の神話を読みあさった。
といっても所詮は小学生で、はじめは日本語版を読むのも四苦八苦したし、それすら翻訳がポンコツだったりする。
辞書を片手に原書にトライした。
中学に進学して、本格的に英語を習うのとタイミングが重なったのも大きいかもしれないが、外国語の読み書きを体系づけて覚えられた。
中3の時には、英語はもちろんラテン語やスラブ語も、読むだけならできるようになった。
全く未知の言語でも、文字列やニュアンスでおおよその意味の見当がつけられる。
これなら「異世界」で初見の文字列を見せられても、発音はともかく意味は読み取れるような気がする。
気がつけば、ボクをいじめようという奴はいなくなっていた。
高校は県下1番の進学校にした。
民俗学や文化人類学、政治や経済など覚えておきたいことはいっぱいあって、それに応えられる学校という意味で。
が、高校1年の時にインターハイ剣道で優勝した頃から、ブルーになることが増えた。
気になる女の子もいたし、何度となく告白されたから。
それらを全部振り切るのが辛かった。
けれども、ボクは22才でこの世界を離れる。
それを知った上で、遊びで女の子とつきあい、傷つけたくなかった。
それじゃあ、小学校の時のいじめっ子と同じになってしまう。
それで「つきあいの悪い奴」と嫌われても、陰口をたたかれてもいいと腹をくくったが、なぜか逆に好意を持たれ、さらに人が集まってきた。
2年生の時には生徒会長に選ばれるほどに。
もっとも、そんな彼らを置き去りにするということは、いじめに耐えるより辛いということが身にしみた。
大学は、都内の有名私学の医学部に進んだ。
教師は国公立を勧めたが、22才というリミットがある以上、そもそも医師免許は取れない。
私学の医学部と言えば授業料が高そうなイメージだが、成績上位者になれば授業料免除どころか奨励金すらもらえる。
22才で別れる親不孝なボクにできる、せめてもの親孝行のつもりだった。
そうして、ボクは明日22才になる。
どんな世界に行かされるのか不安はあるが、それよりも心残りの方がはるかに大きい。
中年を経て初老を迎えつつある両親のこと。
インターンで看ている患者さんのこと。
ゼミの仲間や、ボクを「先生」と慕ってくれる道場の子供達のこと。
まぶたを閉じても、彼らの顔が浮かび、涙が頬を止めどもなく流れた。
ああ……明日が来なければいいのに。
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