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幕間ー13

 大庭柯公は、東京朝日新聞の記者として世界大戦とそれに対処する日本の動向に関する記事を執筆していた。同僚の記者が大庭に声を掛けた。

「本当に陸軍も航空隊を欧州に派兵する方向みたいですね」

「そりゃ、あれだけ煽られては陸軍も欧州に航空隊を派兵しないわけにはいかないだろう」大庭はいつもの癖で無意識に鼻を鳴らしながら返答した。同僚は気づいていないようだが、海軍は自分の損耗を抑えるために陸軍も欧州に派兵するように陰に陽に促している。航空隊は全て海軍が保有すべきだという主張も海軍が言いだしたことだ。事実、陸軍よりも欧州に航空隊を実際に派遣している海軍の方が質量共に圧倒的な航空隊を保有しているという現実を見せられた新聞記者は、効率的に予算を使った航空隊編制のためには海軍が一本化して航空隊を保有すべきと言う海軍の主張は聞こえ心地がよく、納得のいくものだろう。陸軍に航空隊を任せておいては旧式機しか欧州から購入できず、量も揃わないという批判は事実がそうだけに間違っているとは言いにくい。海軍航空隊が欧州で血を流しているからこれだけ揃えられるのであって、陸軍航空隊は質量共に圧倒的に劣った状態で我慢せねばならない、なんていう記事を新聞記者として書いていては、日本は圧倒的に劣った航空隊を保有する国で良いというのか、と読者から反感を買ってしまう。航空隊を海軍に一本化することで、日本は質量共に優れた航空隊を保有すべきだという記事を新聞記者として書かねばならない状況に今はある。だが、それだけだろうか、大庭は自分の脳裡を海軍、いや山本権兵衛首相が意図しているのはそれだけではないという勘がささやくのを覚えた。では、それは何か。大庭はすぐには思いつけなかった。


 1916年12月、山本首相は今上天皇(大正天皇)陛下に正式に首相を辞任することを奏上した。天皇は山本首相を慰留したが、山本首相の辞意は固かった。止む無く天皇は後継首相を元老に諮問した。山県有朋以下の元老は直ちに参集し、全員一致で寺内正毅副首相兼陸相を山本首相の後継の首相として奏上した。天皇はそれを認め、寺内内閣が1916年末に成立することになった。

「ついては、今後の世界大戦の見通しと日本の対応について、自分と寺内副首相と、加藤友三郎海相、上原勇作陸軍参謀総長、島村速雄海軍軍令部長、牧野伸顕外相の6人で協同して天皇陛下に奏上して、内閣が交替しても特に日本の方針は変わらないことを内外に宣明したいと思うがどうだろうか」山本首相は寺内副首相に相談した。

「いいですな」寺内副首相は鷹揚に答えた。自分が首相になれる。寺内副首相は自分自身の宿願でもあり、陸軍全体の悲願でもある桂太郎大将以来の陸軍出身の首相就任を前に気が大きくなっていた。

「では、そのように全員で天皇陛下に奏上する旨を侍従長に伝え、日時を調整しよう」山本首相は表情を変えずに言った。だが、その裏で笑った。自分や加藤海相、島村海軍軍令部長に牧野外相までがいる場で天皇陛下のお言葉を賜っては、幾ら陸軍でも横紙破りはできまい。無視するというのなら世論を煽るまでだ。それに天皇陛下の信任を喪失しては、寺内は首相を辞任せざるを得なくなるし、上原も陸軍参謀総長に止まることはできまい。斎藤実元海相が提言した罠は陸軍を確実に絡め取りつつある。退役後に自分の私的相談役になった斎藤元海相が考えついた謀略は単純だが効果的だ。山本首相は斎藤元海相に感謝した。


 

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