幕間ー11 日本国内
ヴェルダン要塞攻防戦は、日本国内の政局を引き起こし、更に余震を引き起こします。
「ヴェルダン要塞攻防戦で日本側の損害は約8万人か」大庭柯公は東京朝日新聞の自分の机で無意識の内に鼻を鳴らしながら、その情報を整理していた。
「それだけの損害を出したということは、旅順要塞攻防戦を遥かに凌ぐ大損害だ。旅順要塞攻防戦の際の損害が4万人だったからな。しかも、あの時は陸海軍併せてだったが、今回は海軍のみの損害だ。こりゃあ、一大政局が引き起こされるぞ」大庭は独り言を言った。
「もう、山本権兵衛首相にはついていけません。この際、倒閣運動を起こすべきです」海軍本体内では、山本権兵衛首相に対する不満が海軍省、軍令部共に渦巻くようになっていた。本来、山本首相は海軍出身であり、海軍がその最大の支持基盤の筈だった。それが逆に倒閣運動に走り出したのだから、事態は深刻だった。東郷平八郎元帥が、反山本内閣に動いたのが大きかった。その原因がヴェルダン要塞攻防戦で日本海軍が被った損害だった。
「若手士官の多くが、ヴェルダン要塞攻防戦で失われました。海軍兵学校38期から42期など既に4割近くが戦死しています。これでは海軍本体の拡充がままなりません」
「本来の日本を防衛する戦争で海軍士官が失われるのは本望です。しかし、英仏を援けるためにこれだけの損害を海軍は受け続ける必要があるのでしょうか。しかも、陸軍は一兵も失っていないのです」山本首相反対の佐官クラスは懸命に訴えた。加藤友三郎海相や島村速雄軍令部長は、何とかなだめようとしたが、実際問題として、新しく戦艦を就役させてもそれを運用するのは、商船学校出身の予備役士官を動員したうえで、と言う事態が引き起こされかねない状況に陥っては、なだめるのにも限度があった。
「山本首相はわしの大恩人だが、恩人と言えど誤った行動を執った場合には、直言して諌めねばならん。わしは敢えてそう行動する」東郷元帥が陰に陽に山本首相反対の佐官クラスを支持しているのも大きかった。
「弱ったな。本当にこの際、首相を辞任するか」山本首相は、加藤海相を首相官邸に呼んで密談していた。
「しかし、その場合、欧州派兵は」加藤海相は言葉をそこで切った。山本首相は欧州派兵をどう処理するつもりなのか、加藤海相はその内意を確認したかった。内閣の一員として行動することで、今、欧州派兵問題の処理が大問題となっていることを加藤海相は理解している。今更、撤兵しては、英仏の信用が大暴落をきたしてしまう。そして、問題は大損害を被りつつも、日本はガリポリでヴェルダンで勝っていることだ。勝ち戦を続けているのに、撤兵しては賠償金等はもらえない。国民が憤激するのが目に見えている。かといって派兵を続けるとなると、海軍は実際問題として耐えられない。
「欧州派兵は続けさせる。わしの後任は、寺内正毅副総理兼陸相になるだろう」山本首相はそう語った。
「そして、陸軍も欧州に派兵させる」
「一体、どうやって」加藤海相は疑問を覚えた。陸軍は、大御所の山県有朋元帥以下一丸となって欧州に陸軍派兵断固反対に凝り固まっている。陸軍航空隊については、海軍航空隊の大拡充を横目で見ている内に、自分もと言う気になったらしく、欧州派兵をする余地があると加藤海相は見ているが、そんなことでは焼け石に水だ。
「まあ、見ておれ。わしの政治策謀の粋を見せてやる。これくらいできんようでは、首相と言うのは務まらんのだ」山本首相は笑みを浮かべた。加藤海相は、嫌な予感がしたが山本首相が言う以上、無視するしかないと諦観した。
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