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第3章ー25

 大田実中尉や草鹿龍之介中尉が北伊への移転命令を受領する少し前、欧州派遣軍の総司令部では将官を集めた幹部会議が開かれていた。

「海兵隊、海軍航空隊が共に大損害を被った関係から、完全に後方へ下がっての補充と再編制が必要である旨を強く英仏両軍に説明したところ、北伊への移動を示唆されました」黒井悌次郎参謀長から他の将官への説明があった。

「ほう、どういう理由だ」林忠崇元帥から質問があった。

「表向きは、伊へのテコ入れですな。英仏共に伊戦線に応援を送る余裕がない。それで、代わりに日本に行ってもらいたいとのことです」

「その本音は」欧州派遣海軍航空隊総司令官である山下源太郎中将が尋ねた。表向きと言うことは、本音が別にある筈だ。

「これまでの戦功への慰労です。ゆっくり1年程、補充と再編制に努めてくださいとのことです」黒井参謀長が言った。

「確かにそれくらいしても罰は当たらんな。実際問題として海兵隊と海軍航空隊の再編制の時間はそれくらいは必要だ」柴五郎中将がぽつんと言った。会議に参加している全員が黙って肯いた。

「そういえば、ヴェルダン要塞攻防戦の双方の死傷者数は、どれくらいと推定されている」鈴木貫太郎少将が言った。黒井参謀長が答えた。

「独軍は推定50万人が死傷しました。仏軍は27万人が死傷」そこで、黒井参謀長は言葉を切った。

「我々、日本軍は8万人を死傷させました。その内4万人近くが戦死、または戦場復帰不能な重傷者です」

「ヴェルダンの挽肉製造機、吸血ポンプは、我々にほぼ致命傷を与えたようですな」吉松茂太郎中将が嘆いた。第一次世界大戦開戦前、日本海軍の軍人は海兵隊も含めて約7万人近くいた。それが、これだけの損害を被った。日本海軍は大損害を被ったのだ。

「それでも勝ちは勝ちだ」林元帥が敢えて強弁する。実際、ヴェルダン要塞は完全に仏日軍に奪還された。そして、独軍の損害は我々より遥かに大きい。このことは第一次世界大戦後の独軍の公刊戦史も認めている。我々の方が消耗させられた。消耗戦略は完全な失敗だったと。ヴェルダン要塞攻防戦は、独軍の大敗に終わったと。だが、代償は日本海軍にとって余りにも大きいものになった。

「教え子を失うのがこれ程つらいとは思いませんでした。海軍兵学校の卒業生名簿の戦死者の地名としてヴェルダンはおそらく最多の地名になったでしょう」以前、海軍兵学校の校長を務めていた山下中将が胸の内を吐露した。実際、21世紀になっても、海軍兵学校の卒業者名簿の戦死者の地名としてヴェルダンは最多の地名となる。ヴェルダンの地名は海軍兵学校卒業生の間に永遠に刻まれる地名となった。そういえば、日露戦争の旅順要塞攻防戦時に、東郷平八郎元帥は露海軍軍人が旅順要塞を護るために陸上で戦死したことを批判した。それから十年余り後に日本海軍がそれより陸上で、しかも異国の要塞を護りぬくために多数の戦死者をだすことになるとは。因果は巡ると言うが、余りにも現実はつらいものだった。林元帥は、山下中将の言葉を聞いて思った。海軍兵学校の教頭を務めていた土方勇志大佐も同様につらい思いをしているだろう。土方大佐の父、土方歳三提督と共に西南戦争で戦ってから40年も経たない内に、我々が日本から遠く離れた仏の地で戦い、8万人も死傷するとは。土方提督は泉下でこのことを聞いたら、どう思うだろうか。林元帥は答えの出ない考えに思わず沈みながら、周囲を見回した。周囲も山下中将の言葉をかみしめているのか、全員が瞑目して沈黙していた。

第3章の終わりです。次話から幕間にまた入ります。

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