第3章ー24
「日本の海兵隊と海軍航空隊は全て北伊へ移動ですか」大田実中尉は仏に設けられていた駐屯地で、国分中隊長からの指示を受けていた。
「何しろ、海兵隊はほぼ全滅状態だし、海軍航空隊も似たような状態だからな。全面的な補充と再編制が必要不可欠だ。そのために移動する」国分中隊長が言った。
「それにしても何で北伊に」
「伊対策さ」国分中隊長は言った。
「英仏共に手一杯で伊に援軍を派遣する余裕は全くない。だが、伊は援軍を寄越せとわめいている。それをなだめるために我々は行くわけだ」
「は?伊に何で援軍が」上官に失礼極まりないと思ったが、大田中尉は思わず反問した。伊と墺の戦線では伊が優勢ではなかったのか。
「一応、優勢だが、そう優勢なわけではない。それにローマ教皇庁等、伊国内の反戦平和勢力は強力だ。まずありえないとは思うが、下手をすると伊で政変が起きて、連合国から伊が脱落するかもしれん。それを防ぐために、英仏から依頼があった。北伊で海兵隊は補充と再編制に当たられたいとな。日本の海兵隊はガリポリ半島、ヴェルダン要塞と勇名を轟かせている。その精鋭を北伊に送ることで、伊政府をなだめると共に伊政府にテコ入れしてほしいとのことだ」
「張子の虎もいいとこの気がしますがね。補充と再編制を行うのも、宣伝行動の一環ですか」
「そういうことだ」国分中隊長は答えた後、遠い目をしながら言った。
「そういえば、北伊の一部は米の穀倉地帯とのことだ。故郷がしのべるかもしれんな」
「北伊では、日本と米の作り方も違っているかもしれません。故郷がしのべるとは限りませんよ」大田中尉は答えた。気が付けば日本を出た際にいた国分中隊長の部下の小隊長の生き残りは自分だけになっている。国分中隊長に万が一のことがあれば、自分が指揮を執る立場になっていた。国分中隊長と自分がお互いに親近感を覚えるのは、それもあった。
「考えてみれば、海軍兵学校の同期の3割近くがヴェルダンで亡くなったな。ヴェルダンは日本海軍にとって永久に忘れられない地名になりそうだ」
「私の同期は3割を超えています」大田中尉はぽつんと答えた。118名の同期生の内36名がヴェルダンで戦死していた。海軍兵学校卒業時に海兵隊を最初から志願した中で今や生き残っているのは自分だけだ。
ルイ16世を護って死んだスイス傭兵並みの奮闘ぶりを我々は示したとして、仏政府は感謝の意を表明すると共に多大な物資の支援を約束してくれた。だが、そのおかげで我々は欧州から撤退しにくくなっている。何とも皮肉なものだ。
「そうか、お互いに同期会が寂しいモノになりそうだな」国分中隊長なりの皮肉のつもりで言ったのだろうが、お互いに笑いたいのに笑えない。2人の間に微妙な空気が漂い、お互いの表情が泣き笑いのようなものになった。
同じ頃、海軍航空隊の操縦員達も北伊への移動の準備を進めていた。
「いっそのこと、航空機を操縦して移動しませんか?」という提案もあったが、離着陸の際の損耗を懸念して、航空機は地上を移送することになった。操縦員は鉄道で移動する。草鹿龍之介中尉は鉄道の駅で思わず空を仰いだ。いつか平和な空を思う存分飛びたいものだ。同期生36名の御霊は、今、どこにいるのだろう。ひょっとして、我々を空から守護してくれているのではないか。それとも。草鹿中尉は思わず頭を振ってそれ以上の思考を止めた。どうも大量の同期生を失ったことで感傷的になっているようだ。涙が頬を伝うのを感じながら、草鹿中尉は思いを巡らせた。
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