第3章ー19
日本の海兵隊2個師団の最前線復帰を待って、仏日軍の本格的反攻は開始された。
林忠崇元帥もヴェルダン市街まで赴いて指揮を執った。
6月中、林元帥が前線の指揮を鈴木貫太郎少将に事実上一任していたのは、5月一杯の指揮で過労に陥っていたのもあった。
微熱が続き、結核にり患されたか、と周囲が大騒動になりかけたことさえもあった。
林元帥も70歳近い。
西南戦争を実戦では知らず、日清戦争が初陣と言う世代が完全に海兵隊の主役になろうとしていた。
「それにしてもいい陣地だ」
連隊長に昇進した永野修身中佐の声が風に乗って大田実中尉の耳に聞こえてきた。
大田中尉の目で見ても、独軍の陣地には隙が無い。
これは大量の損害を覚悟する必要がありそうだ。
「こっちには爆撃機が事実上ないからな。
海軍航空隊がまともな爆撃機を持ってくれれば」
永野中佐は更にぼやいた。
気持ちは分かるが、今ぼやいても仕方ないだろうに、大田中尉は内心で呟いた。
制空権をこちらが今のところ握っているだけでも御の字だと前向きに考えるべきだろう。
そう思っていると後方から砲声が轟きだした。
短時間の内に、少しずつ独軍の前線へと着弾点が移動していく。
この攻撃のために黒井悌次郎参謀長自らが仏軍司令部と細部まで実施方法を突き合わせた移動弾幕射撃だ。
制空権を仏日軍が確保しているので、このような射撃が可能になるのだ。
制空権が確保できなければ、細かな事前偵察が行えないし、砲撃戦闘の航空観測が行えないという二重苦に苦しむことになる。
そうなったら、我々の損耗は劇的に増加するはずだ。
だから、これでもよいと満足すべきだ。
大田中尉は思いを巡らせた。
それにしても士官の損耗は深刻だ。
中佐が連隊長を務めるのが違和感が無くなっている。
このまま行くと自分が中隊長を正規に務めることになるかもしれない。
大田中尉は更に想いを巡らせた。
ある程度の砲撃効果が上がるまでは多少時間がかかる。
最前線で急いで待つのに、思いを巡らせるのは有効な方法だった。
というか、実際問題として他の方法が無い。
「俺たちは海軍航空隊だよな」
大西瀧治郎中尉はぼやくようにいった。
「まあ、そうですね」
草鹿龍之介中尉は合いの手を入れた。
「着弾観測は、水上戦でも何れは役立つと山本五十六少佐は言われたよな」
「まあ、そうですね」
「俺たちはそれまでにどれくらい空を飛んでいるのかな」
「1000時間ではとても足らない、1万時間かかるのでは」
「止めてくれ。本当になりそうで気がめいる」
大西中尉が遂に悲鳴を上げた。
「まあ、まあ、冗談を本気にしないでください。
左旋回しないと海兵師団の砲兵連隊が目標を誤りますよ」
「なあ、その砲兵連隊は、陸軍師団の野砲兵連隊より装備がいいんだよな」
「何を当たり前のことを言っているのです。仏軍から最新式の野砲がもらえたのだから当然です」
「止めてくれ。俺たちは海軍だ。そう海軍なんだ」
ここまで大西中尉の気が滅入っているとは思わなかったなあ、草鹿中尉は大西中尉が半分悲鳴を上げるのを聞いて思った。
これ以上、意地悪を言うのは止めておこう、それがサムライの情けだろう。
ガリポリの時は水上機を操縦していたし、半島が戦場だった。
それなのに今回のヴェルダン要塞攻防戦では、6月の本格的初出撃から2月以上が経つのに終結の目途が立たない。
自分が陸軍の航空隊になったように大西中尉には思えてならないのだろう。
それに最近は、と草鹿中尉は周囲に目を配っていて気付いた。
あれは、敵機だ。
「大西中尉、敵機発見です」
叫び声をあげて草鹿中尉は思った。
あれは、アルバトロス戦闘機だ、これは苦戦するぞ。
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