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第2章ー28

 大田実少尉が病院から解放されて、原隊復帰できたのは、10月20日になってからだった。

 塹壕熱は本当にある意味性質が悪い。

 一旦、熱が下がっても、数日経つと発熱することを繰り返す。


 そして、ガリポリ半島やレムノス島におかれた病院が赤痢や腸チフス患者で溢れかえってしまった結果、大田少尉は塹壕熱の症状が小康状態の間にエジプトまで一旦、移動して療養する羽目にもなってしまった。

 ギリシャ本土に移動させてもらえれば、すぐ近くなのにと大田少尉は内心思ったが、ギリシャは赤痢や腸チフス、塹壕熱といった伝染病が国内に蔓延することを怖れ、ガリポリ半島で伝染病に感染した患者の受け入れを拒否したために止むを得ず、エジプトで療養する羽目になったのだった。


 直属の上官である中隊長の国府大尉に、今日から原隊復帰する旨を報告したが、国府大尉の顔色は暗い状況だった。

「何があったのですか」

 大田少尉は思わず尋ねた。

「うん、いろいろまずい状況になっていてな」

 国府大尉は、現在の状況を語った。


 大田少尉が病院に担ぎ込まれた後も、日本海兵隊内において、赤痢、腸チフス、塹壕熱の猖獗は収まるどころか、激しさを増すばかりだった。

 国府大尉の指揮下にある中隊に所属する兵員の2割以上が入院中とのことだった。

 大田少尉が小隊長を務める小隊が一番酷く、約3割が入院している。

 そして、海兵隊全体がそのような状態にあり、海兵隊全体の病死者は既に1000名を軽く超えているとのことだった。


 そして、とうとうバルカン半島の戦線で怖れていた事態が発生した。

 10月1日を期して始まった独墺軍のセルビアに対する攻勢が成功しているのを見たブルガリアが10月11日に独墺側に立って参戦、14日にセルビア領内への侵攻を開始したとのことだった。

 独墺軍に対する防御が精一杯のセルビアにとってブルガリアの参戦は文字通り致命傷になるものだった。


「英仏本国は大慌てさ。ギリシャに対して本格参戦を促したり、ルーマニアにも味方するように働きかけたりしているらしい。

 だが、両国共に風見鶏で動く気配がない。

 それで、ここガリポリ半島から部隊を引き抜いてサロニカに輸送、セルビアに急きょ援軍を送ることになったが、既にセルビアの首都ベオグラードは独墺軍の前に陥落している。

 セルビア政府は国民全員の国外脱出を決断した。

 ここまで戦況が悪化する前に、ガリポリ半島を諦めて、サロニカからセルビア救援に向かっていればなあ。

 セルビアを征服した独墺軍はトルコ救援のためにここへ駆けつけてくるだろう。

 そうなったら、我々は海に追い落とされてしまう」

 国府大尉は嘆くように言った後で、黙りこくってしまった。


 大田少尉も衝撃を受けていた。

 伝染病の猛威、セルビアの崩壊、独墺軍の来援、最早、ガリポリ半島で我々が勝利を収めることは無いだろう。

 それにしても冬が近づく中で、セルビアは国民全員を国外に脱出させることを決断したという。

 何という徹底抗戦。

 我が日本ではそんなこと出来はしないだろう。

 大田少尉がいろいろ考えている内に、国府大尉はまた語りだした。


「現在の状況と言うか、戦況はそういうことだ。

 林元帥からはいつでもガリポリ半島から移動できるように準備を整えるように内々の指示が出ている。

 大田少尉もその準備をするように」

「分かりました」

 大田少尉は返答し、指揮する小隊がいる場所へ向かった。

 ここガリポリの地を我々全員が近いうちに去ることになりそうだ。

 セルビア国民の多くが政府の指示で国外脱出したというのは、小説上の架空の話ではなく史実の実話に基づいています。

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