第2章ー15
山下源太郎中将は、司令部に戻り次第、海軍航空隊に対してガリポリ半島全域に対する全面的な航空偵察命令を下した。
本当はスヴラ湾近郊に偵察を絞るべきだが、30機もある海軍航空隊の保有機数がガリポリ半島全域への航空偵察を可能にしており、トルコ軍を迷わせることになった。
ハミルトン将軍からは、日本海軍航空隊がガリポリ半島全域への活発な航空偵察を行うことは、8月の上陸作戦をトルコ軍に予期させてしまうことになるので、中止するようにと命令が下されたが、山下中将は林忠崇元帥の隷下にある海軍航空隊は林元帥からの命令でないと従えないと公然と返答した。
ハミルトン将軍は直ちに林元帥に命令を下したものの、林元帥は日本軍の元帥に要請ではなく命令を下せるのは、日本の大元帥である天皇陛下のみであると人を食った返答をして無視してしまった。
ハミルトン将軍は激怒したが、今更、林元帥を上陸作戦の総司令官から罷免するとなると、また、仏軍との関係が悪化するのでどうにもならない。
ハミルトン将軍は不満を腹の中に溜め込むしかなかった。
「これで良かったのですか」
海軍航空隊が活発に活動を行いだしてから2日後に、ハミルトン将軍とのやり取りについて、黒井参謀長は林元帥に尋ねた。
林元帥は悠々とうそぶいた。
「馬鹿に付き合うのには、これくらいで丁度いい。
ところで、海軍航空隊のガリポリ半島全域への偵察行動は順調に行っているのか」
黒井参謀長は肩をすくめながら返答した。
「海軍航空隊は、陸戦については訓練されていません。
地上の陣地を偵察しても、どうも今一つ分からないというか、我々海兵隊からすると隔靴掻痒の偵察結果がもたらされています」
「ふむ」
林元帥は一人考えた後で、呟いた。
「海兵隊の尉官を偵察飛行に連れ出すか」
海兵隊の中隊長、小隊長クラスの面々に航空偵察に協力するように命令が出たのは、その翌日だった。
「本当に乗っていいのか。
今でも夢のような気がする」
大田実少尉は、レムノス島に赴いて水上機を見ながら、夢見心地で独り言を言った。
「夢じゃないぞ。
何だったら、お前に鉄拳制裁を加えてもいいぞ」
吉良俊一中尉は大田少尉に言った。
「そうしたら、痛みで夢でないと分かるだろう」
「勘弁してください。
鉄拳制裁は江田島で充分に受けました」
大田少尉の謝罪は、周囲の面々に笑いを引き起こした。
「では、飛ぶぞ。わしの後席に乗れ」
「はい」
吉良中尉の命令に大田少尉は素直に肯いた。
レムノス島の水上機基地を発進して、しばらく経つと大田少尉の目にガリポリ半島が見えてきた。
ガリポリ半島では英仏軍とトルコ軍が対峙しており、お互いの塹壕線がガリポリ半島を横断している。
「もうちょっと低空に降りてください。
写真を撮りたいので」
「分かった」
大田少尉の要請に吉良中尉は答える。
だが、低空に降りてトルコ軍の陣地に近づくと偵察機に対してすかさず銃撃を浴びせてくる。
大田少尉が見る限り、どうも英仏軍にも敵機と自分達を認識しているらしく、銃撃を浴びせる者がいるようだ。
「怖いのなら、高空に上がるぞ」
吉良中尉は言った。
「敵味方双方から撃たれて怖くないのですか」
大田少尉は内心では震え上がっていたが、士官としての誇り等々を総動員して、何とか平静に吉良中尉に質問した。
「大丈夫。慣れていない対空銃撃は当たるものではない。
実際に、銃声は聞こえても、弾が掠める音はしないだろう」
吉良中尉は落ち着いたものだった。
大田少尉は息を整えながら思い返した。
確かに弾が掠める音は全くしない。
大田少尉は冷静さを取り戻し、偵察員の任務を遂行して基地に帰投した。
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