第2章ー7
海軍省に斎藤実海相は戻ると早速、鈴木貫太郎次官を海相室に呼んだ。
欧州に赴く海軍航空隊の司令官を誰にするか、を相談するためである。
鈴木次官は早速やってきた。
「海軍航空隊を欧州に派遣することになった。誰を司令官にするのがいいと思う」
斎藤海相は開口一番に鈴木次官に尋ねた。
鈴木次官にとっては寝耳に水である。
言葉を詰まらせて尋ね返してしまった。
「海軍航空隊ですか。どのくらいの規模です」
「とりあえず12機だ。
だが、追々拡張することになるだろう。
日進月歩で航空機は増大している。
最終的には欧州にいる航空隊の保有機数は100機程度と予想している。それを前提に考えてほしい」
斎藤海相は答えた。
鈴木次官は呆然とした。
数が多すぎる。
何しろ昨年の秋に青島攻略戦に投入した航空機の数が陸海軍を併せても9機に過ぎないのである。
その10倍以上を欧州に派遣されている海軍だけで保有する。
気宇壮大過ぎて、斎藤海相が目の前で言っているのでなければ、夢の世界の話かと思うくらいだ。
「そもそもそんなに保有できますかね。我が国には航空機を製造する会社すらないのに」
「買う。いや、英仏に売らせる」
斎藤海相は言った。
「航空機を整備するには、それなりの教養ある兵が必要だ。
我が海軍の将兵はそれなりの教養を積んできている。
英仏も独に対抗するために航空隊の急激な拡張を図っている以上、教養のある兵が欲しいはずだ。
我が海軍も欧州でその一翼を担いたい、といえば、英仏もそれなりに売ってくれる」
「なるほど。その代り、我々は血を流せと言うことですか」
鈴木次官も得心せざるを得なかった。
「将来、100機程度を保有する航空隊の司令官となると」
鈴木次官は考え込んだ。
「やはり、将官を司令官に据える必要がありますね。
欧州に派遣したら、司令官をそう簡単には代えられませんし」
「そうなるか」
斎藤海相も同意した。
「いっそ、財部彪中将を司令官にするか。
欧州の現場を知るいい機会だろう」
「将来の大物司令官ですな」
財部中将は山本権兵衛首相の娘婿であり、鈴木の前の海軍次官だった。
軍政家としては有能であり、日露戦争時には軍令部参謀として功績も上げている。
将来は義父の威光もあり、海軍大臣になると見られている。
だが、それだけに敵が多い。
そもそも鈴木の後輩なのに前に海軍次官になる等、出世が速かったことから、周囲からから、親父の威光を嵩に来て出世した奴と言う色眼鏡で見られている。
そういった嫉視のほとぼりを冷ますためもあって今は待命中の身だった。
「止めましょう。
敵が多すぎます。
航空機に造詣の深い山路一善大佐とも犬猿の仲ですし」
鈴木次官は言った。
山路大佐と財部中将は妻が姉妹で親戚になるのに仲が悪い。
山路大佐を国内に置くにせよ、欧州に派遣するにせよ、財部中将にはその点からも問題があった。
「山下源太郎中将はどうだろうか」
斎藤海相が提案した。
今は海軍兵学校長を務めているが、日露戦争時に軍令部参謀の経験もあるし、連合艦隊参謀長の経験もある。
経歴的には問題が無い。
「いいですな。山下中将を欧州に司令官として派遣しましょう」
鈴木次官は同意した。
「後は人事局長に下命して、司令部を編制し、欧州への派遣人員を決めさせよう。
将来的な規模にふさわしい様にな」
「分かりました」
当分の間は頭でっかちな司令部になるが、それは仕方ない。
それにそうしておけば、周囲もそれなりに欧州に派遣される航空隊のことを見るようになる。
「では、取りかかってくれ」
斎藤海相は鈴木次官に命令した。
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