第2章ー6
少し時が戻ります。1915年1月、日本は海軍航空隊の派遣も検討します。
斎藤実海相が耳寄りな話を聞きつけたのは、1915年の1月のことだった。
鈴木商店のロンドン支店からの情報として、ショート社が製造した水上機を12機、格安で日本が購入してもいいと英国政府が言っているというのだ。
第一次世界大戦勃発後、英国政府は物資調達のために奔走する羽目になった。
そして、英国国内の会社だけでは足りなくなり、外国の会社にも声がかかるようになった。
そうした経緯から、鈴木商店のロンドン支店も英国政府に物資の手配をするようになり、鈴木商店の従業員と英国政府の職員の一部がお互いに懇意になった。
だからといって、特に英国政府が便宜を図ってくれるわけでもないのだが、物資の手配等で英国政府の声が鈴木商店によく掛かるようになった。
そうなると、英国国内の会社も鈴木商店に興味を持ち出す。
そして、日本の海兵隊が2個師団とはいえ、遥々と欧州へ駆けつけてくるというのが話題になった。
こうしたことから、ショート社の経営陣は、日本政府に自社の水上機を売り込めないかと鈴木商店のロンドン支店に打診をしてきたというのだ。
鈴木商店としては仲介料が手に入るので文句は無いのだが、戦時中である。
英国政府の意向を鈴木商店は確認する必要があった。
ロンドン支店長の高畑誠一自ら英国政府の意向を確認したところ、日英同盟に基づき速やかに海兵隊を派遣した日本に感謝し、水上機を日本が購入する際にその費用の一部を英国政府が負担してもいいと言っているというのだ。
但し、水上機は英国で引き渡すのが条件だという。
その話を鈴木商店から聞いた際に、斎藤海相は英国政府の裏の真意を察してしまった。
だが、その水上機は最新式だという。
断るのには余りにも惜しい。
山本権兵衛首相や伊集院五郎軍令部長と、斎藤海相は相談したうえで購入するかどうかを決めることにした。
伊集院軍令部長は、斎藤海相の話を聞いた瞬間に破顔した。
「最新式のショート社製の水上機を格安で買えるだと。すぐに買おうではないか」
山本首相は、軍人と言うよりも政治家である。
斎藤海相の話を聞いた瞬間に英国政府の裏を察した。
「要するに海軍航空隊も欧州に派遣してくれと言うことか」
山本首相は独語した。
斎藤海相は山本首相の話に肯いた。
山本首相の独語を聞いた瞬間に、伊集院軍令部長は顔色を変えて反論した。
「英国政府はそんなことは一言も言っていません」
「こういう旨い話には裏があるのが当然だ」
山本首相は伊集院軍令部長をたしなめた。
「斎藤海相はどう考えるのだ」
山本首相は尋ねた。
「毒のある果実です。しかし、思い切って我々はかじって、薬にしませんか」
「毒は薬にも時としてなるか」
斎藤海相の返答を聞いて、山本首相は言った。
斎藤海相は更に続けた。
「水上機を英国で購入して、その受領も兼ねて、海軍航空隊を欧州に派遣しましょう。
タンネンベルク等の戦訓から言っても、近い将来、地上部隊の支援に航空隊は必要不可欠になると思料します。
海兵隊の支援任務に海軍航空隊を付けられるようにしましょう」
「その任務は性格上、海軍航空隊ではなく陸軍航空隊が行うべきではないか」
伊集院軍令部長が主張した。
「陸軍は欧州派兵を拒否しています。
海軍航空隊が行うしかありません」
斎藤海相は反論した。
山本首相が裁断した。
「毒を食らわば皿までと言う。
我が海軍は航空隊も欧州に送り込もう」
斎藤海相は山本首相の決断に感謝した。
だが、この時には2人とも分かってなかった。
第一次世界大戦の激化に伴い、海軍航空隊の人員は不足して、陸軍航空隊も駆け付けての航空消耗戦を日本は欧州で戦うことになるのである。
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