幕間ー2
斎藤実海相の(表向きは)強硬論を受けて、あらためて山本権兵衛首相と牧野伸顕外相は斎藤実海相を交えて中国に対する要求の内容について密談を行った。
その後、牧野外相は外務省に戻り、中国に対する要求について強硬論を唱える幹部の面々のみを呼び集めた。
中国に対する強硬論を唱えていた小池張造政務局長らは外相の執務室にまとめて呼び出されたのは、どんな理由だろうかと執務室に入る前まで話し合った。
小池自身も含め最も多かった意見は、斎藤海相が中国に対して宥和的な意見を言い、山本首相や牧野外相がそれを受け入れた。
牧野外相は自分たちを説得するために呼び出されたのだというものだった。
小池らが外相の執務室に入ると、牧野外相は毅然とした態度を示して言った。
「諸君らの意見を全面的に受け入れて、中国の袁政権に対して最後通牒を突きつけ、受け入れなければ対中全面戦争を覚悟して外務省は行動する。このことは首相も海相も全面的に同意し、陸軍にも同意するように岡陸相に対して指示を下した。この最後通牒の中身は速やかに英米等の諸外国にも伝えて全面的な同意を求めるようにとのことだ。諸君らの奮闘を期待する」
小池政務局長らは表面上は表情を変えなかったが、内心では真っ青になった。
首相らがここまで馬鹿とは思わなかった。
小池政務局長はこの場にいる強硬派の(地位の上からも)代表として発言した。
「斎藤海相は何と言われたのです」
牧野外相はこの小池政務局長の発言から、斎藤海相が宥和的な発言をすることを予期していて、それを理由に小池政務局長らが斎藤海相を弾劾しようとしていたことを推量した。
「斎藤海相は、諸君らの意見を嘉していた。国益を想う諸君らの意見はもっともだ。海相として袁政権に最後通牒を突きつけ、全面受諾しなければ、対中全面戦争に踏み切るべきだと主張された。山本首相も斎藤海相に同意され、最後通牒を袁政権が拒否した場合に備えて、陸軍に対して、対中全面戦争の発動とその場合には中国全土を占領する作戦計画を立てるように速やかに指示するとのことだ。諸君らも海軍がここまで積極的で嬉しいだろう」
冗談ではない、小池政務局長らはますます暗い想いに囚われた。
世界大戦に乗じて中国の半植民地化を図る、こんなことを公然と英米等の欧州列強に対して予め言えるわけがない、自分達は秘密裏に袁政権に要求を突き付けることで、英米等が気が付いた時は既成事実にしておくつもりだったのだ。
かといって、今更、自分達の本当の意見は、と言えない。
そんな後ろ暗いことをするつもりだったのか、と弾劾されかねない。
ここは自分達の保身を図ろう。
陸軍に罪を押しつけよう。
小池政務局長らは目でお互いに会話した。
「対中全面戦争となると陸軍の同意が鍵になります。陸軍が対中全面戦争の準備をしているかどうか、私どもは最悪の場合、そうなると陸軍の幹部に話をしてきましたが、陸軍の幹部はそこまでの準備をしているかどうか。していないならば、陸軍が準備不足である以上、我々の意見の内容を落とさざるを得ません」
小池政務局長は言った。
牧野外相は思った通りか、と内心では安堵したが、表情を変えずに言った。
「では、陸軍の幹部に速やかに申し入れをしたまえ」
「分かりました」
小池政務局長ら外務省強硬派の幹部は外相の執務室を退出すると、速やかに自分達の同志の福田雅太郎陸軍少将らに連絡を取った。
自分達はこの際、裏切らせてもらう。
陸軍と一緒に心中する羽目になるのは御免被る。
福田少将らは激怒したが、後の祭りだった。
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