第1章ー20
1914年12月下旬、クリスマスを目前にして、土方勇志大佐は林忠崇元帥と共にパリの街を歩いて高級レストランに向かっていた。
1日前、林元帥から土方と会食したいという方がいるので軍服を着て、自分と一緒に来るようにという話があったが、土方自身には心当たりが全くなかった。
林は、目の前の高級レストランに躊躇いもなく入っていく。
白人でない自分達が入ったら追い出されるのでは、と土方は心配したが、日本の海兵隊の軍服を自分たちが着ているのを見た従業員は恭しく自分達に対応してくれた。
日本が陸上兵力を派遣してくれたという報道はフランスの市民に感銘を与えているというのは本当だったのか、と土方はあらためて痛感した。
従業員は予め話を受けていたらしく、すぐに80歳近くに見える老紳士の下に自分達を案内してくれた。
老紳士の目は潤んでいて、自分達を暖かく立って迎えた。
「林、よく来てくれた。そちらが、あの土方提督の息子か」
老紳士は言った。
「まさか、本当にサムライ達が来てくれるとは思わなかった。ブリュネが生きていたら、今回のことをどんなに喜んだことか」
「恩義に報いるのはサムライの徳義です」
林は老紳士に答えた。
「だからといって、地球の反対側まで来てくれるとは普通思わんよ」
老紳士は感極まったようだった。
土方は疑問に思った。
一体、この老紳士は誰だろうか。
土方の疑問に気づいたのだろう、林が老紳士を紹介してくれた。
「シャノワーヌ元陸相だ。戊辰戦争時のフランス軍事顧問団長でもある。この方々のおかげで、土方大佐の父や自分達は生きながらえることが出来たのだ」
その言葉を聞いた瞬間、土方は思わず敬礼していた。
まさか父の命の恩人とは思わなかった。
シャノワーヌは、本当に亡き親友の息子に向けるような眼を土方に向けていた。
「本当に立派に育ったものだ。わしも老いるわけだ。会食後にブリュネに託されていた贈り物を渡したい。受け取ってくれるかね」
シャノワーヌは言った。
「ありがたくいただきます」
土方は答えた。
3人は会食して談笑した。
といっても土方はフランス語が不自由なので、主にシャノワーヌと林が話すことになった。
「今回の戦争は、全ての戦争を終わらせるための戦争だとウェルズという英国の作家が言っていたそうだ。今年のクリスマスには今回の戦争は終わり、永久に平和な世界になるとな。だが、そんな世界は生まれそうにないな」
シャノワーヌは嘆いた。
既に欧州全体では全てあわせれば100万人を超えるのではないかと言う死傷者が今回の戦争で生じているのに、未だに戦争終結の目途は立たない。
「日本では元和偃武といって200年以上の平和を享受したことがあります。世界がそうなることを夢見て目指してもいいではありませんか。日本のサムライはそれに尽力しますよ」
林はそう言ったが、林の内心はそう思っていないと土方は思ったし、シャノワーヌも同様だったらしく、その言葉を受けて皮肉を言った。
「夢か、現実になればいいがな」
林は苦笑いをして誤魔化した。
シャノワーヌもそれを受けて笑い出した。
しばらく談笑して会食を済ませた後、別れる間際にシャノワーヌは土方に1本の酒瓶を渡した。
「ブリュネから君に直接渡したかったと言って託されていた。ブリュネは君の父にフランス最高の酒を一緒に呑もうと約束していたが果たせなかったことを悔やんでいて、その代りに君に渡したいと言っていた」
土方が見るとコニャックだった。
林元帥が日本語でささやいた。
「お前の月給がその1本で完全に消えるぞ」
土方は、ブリュネの厚情を想い、思わず落涙した。
第1章の終わりです。次話から中国を巡る幕間になります。
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