プロローグー2
この世界の1913年末時点での中華民国情勢です。
最後では南満州、朝鮮情勢にも少し触れます。
「わしに仕掛けようとした犯人については自首させればよかろう。自首しなかったら、目星は付けてあるから問いただせばいい」
林忠崇元帥はにこりと笑いながら言った。
土方勇志大佐は内心で震え上がった。
自分は土方歳三の長男とはいえ、父から教えを受ける前に父は西南戦争で逝ってしまった。
そのせいもあるのか、自分はそれなりに剣等の心得はあるものの武術の達人の域には到底及ばないレベルに止まっている。
あらためて精進しないと、海軍兵学校の生徒の教え子からも嘗められそうだ。
何しろ、林元帥と教え子との殺気のやり取りに自分は気づけなかったのだから。
「それにしても疲れた。毎年末に翌年の帝国国防方針について協議して改訂するのはいいが、年寄りの身には応える。おまけに毎年、馬鹿の相手をする羽目になった」
部屋の中の雰囲気を変えるためだろう、いきなり林元帥はぼやいた。
「それはまた」
土方大佐は苦笑した。
馬鹿とは誰のことかは想像がつく。
「全く昨今の我が国を取り巻く情勢に基づいて帝国国防方針は決められるのに、それを無視して海軍の増強のために敵国を勝手に想定してどうするのだ」
土方大佐しかいないという気楽さがあるのだろう、林元帥は更にぼやいた。
これ以上、林元帥にぼやかれて誰かに聞かれてはまずいかも、と土方大佐は思った。
何しろ、ここは海兵隊に反感を抱く海軍本体の巣なのだ。
話を前向きに切り替えさせよう。
「それで、帝国国防方針を巡る協議会での最終結論は、我が国を取り巻く情勢をどう分析したのですか。差支えの無い範囲で教えていただけませんか」
「お前はわしの愛弟子で現役の海兵隊大佐だ。全部話しても差支えは無い」
林元帥は笑った。
土方大佐は内心でほっとした。
これで、話を切り替えられる。
「今の清国ではなかった中華民国の現状は知っているな」
林元帥は土方大佐に尋ねた。
「ええ、袁世凱が孫文と取引して清国が滅亡し、中華民国が建国され、袁世凱が中華民国の大総統になりましたよね。
しかし、袁世凱と孫文は対立することになり、孫文らは再度の革命を起こしましたが、袁世凱に武力で鎮圧され、今年の8月に日本へ孫文らは亡命してきました。
先月、11月には孫文らの国民党は中華民国内で解散させられて、国民党所属の国会議員は議員資格すら剥奪されました。
近々、中華民国の国会は解散されて廃止されるのではとさえ、私は思いますが」
「帝国国防方針を巡る議論でも、中華民国についてはほぼ同じような結論になった。
全く先年の辛亥革命以来、中華民国は混迷を極めている。
いっそのこと、万里の長城以南から全ての日本人は引き上げるべきではという意見が協議会の席で出るくらいだ。
しかし、上海や天津、北京等で活動している日本人もそれなりにいるので、それは無理だという結論になった。
中華民国で再度の革命騒動が起きて、万里の長城以南でいざと言うことが起こった際には、海兵隊を派遣して在留邦人を保護することになった」
林元帥はそこで一度、言葉を切った。
「万里の長城以北が大問題だ。
日露戦争の結果、南満州鉄道、満鉄が日米共同経営になった。
先日、ウィルソンが米国大統領に就任したが、それまでルーズベルト大統領の後任のタフト大統領が、ドル外交で清、朝鮮の顔をはたいた。
そのおかげで南満州と朝鮮は劇的に経済的には発展したが、民衆レベルでは金で誇りを奪われたと反米、反日機運が高まってしまった。
わしも金持ちが札束を見せびらかせて散財するのを見てはかちんと来る性格だから人の事は言えんが。
かといって、今更、満鉄の放棄はできん。
日米共同で満鉄の利権を守るしかない」
林元帥はため息を吐いた。
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次は、朝鮮や南満州、台湾等の情勢を詳しく描く予定です。