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第1章ー12

 草鹿龍之介ら海軍本体に進んだ同期生らに、欧州に派兵されて激戦の果てに靖国に赴くのではないか、と大田実ら海兵隊に進んだ同期生らは心配されていたが、大田らは今はそれどころではなかった。

 欧州に派兵されるということで、思わぬ問題に苦闘する羽目に全員がなっていた。


「ええと、英語で初対面の挨拶は、ハローだっけ、ヘローだっけ」

 部下のひそひそ話が耳に届いた。

「ハローだ。最もヘローに聞こえるように話す者もおる」

 大田は、部下の小隊の面々にあらためて、そのように教えた。

 大田は英語を教えるのに四苦八苦していた。


「小隊長、本当に英語を覚えないといけないのでしょうか」

「覚えろ。さもないと鉄拳制裁だ」

「分かりました」

 部下の疑問に、大田は半分恫喝して疑問を封じ込める。


 最も大田もそれどころではない。

 部下に英語を教える一方で、更に自分は仏語を覚えるのに四苦八苦していた。

「ええと、ハローは仏語でボンジュールでいいのだよな」

 大田は部下に英語を教えつつ、内心で考えた。

 全く欧州に派兵されるのに語学が問題になるのは分かるが、自分たちが語学で悪戦苦闘する羽目になるとは思わなかった。


 大田ら海軍兵学校卒業生(大田らからすれば大先輩になる土方勇志大佐らも含めて)は全員が英語を海軍兵学校で学んではいる。

 海軍本体が英海軍を師匠として学んできた以上、ある意味で当然のことだった。

 だからといって海軍兵学校卒業生全員が堪能に英語を話せるわけではない。

 単純な英語は読めても、日常会話もできない面々がごろごろいた。


 例えば、土方大佐にしても、英字新聞は拾い読みしかできず、英語では簡単な挨拶をするのが精いっぱいだ。

 だが、欧州に海兵隊が赴くことから海兵本部と軍令部第3部は共に欧州派遣組の士官全員には英仏2か国語を完全に習得すること(具体的には日常会話が可能になること)、下士官や兵にも英語を習得することを求めた。


 そのために、大田らの同期生は悪戦苦闘していた。

 何しろ、戦地に赴く以上、平時の訓練も強化せざるを得ない。

 士官として任官早々に頭も体も使わざるを得ず、両面で疲労困憊する羽目になった。

 欧州に行くまで頭と体がもつかな、大田自身は内心で考えた。

 初任地の佐世保鎮守府で自分は死ぬのではないか。


 土方大佐は、新設された海兵第7連隊長に転任して、佐世保鎮守府に赴任していた。

 佐世保鎮守府海兵隊は新選組の異名を受け継ぐ部隊である。

 土方大佐は、佐世保に赴任できて、父のことを思い出してあらためて身が引き締まる思いがすると共に、英語を磨き直すこと、仏語をあらためて習得することに四苦八苦していた。

 今も仏語の手引きを片手にして仏語を覚えようとしていたが、そこに声がかかった。


「全く新選組で英仏語を学んでいるのを見たら、お互いの身内がどう思うかな」

 土方大佐が顔を向けると、海兵第3連隊長の岸三郎大佐がいた。

「私の父も岸大佐の叔父もあの世から見て苦笑いしているのではないですか」

 土方大佐は答えた。


 岸大佐の叔父は島田魁である。

 父の土方歳三と島田魁が苦笑いしている姿が土方大佐の瞼の中に浮かんだ。

「そうそう、斎藤一提督から私宛に手紙が届いた。おっつけ土方大佐にも届くだろう。とうとう欧州にまで新選組が行くとは思わなかった。欧州でも新選組の名を轟かせてほしいとのことだ」

 岸大佐は更に言った。


「斎藤提督がそんなことを」

 土方大佐は感慨にふけった。

 日清戦争から義和団事件まで斎藤提督にはお世話になった。

 新選組が欧州に行くのだ。

 本当に頑張らねば、土方大佐は決意を新たにした。

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