第1章ー8
「政治的な意味ですか」
一戸第3部長が言った。
「日本が英仏露側に立って参戦した場合、日本がアジアの独領を制圧し、独東洋艦隊を今年の内に撃破できることについて疑問を持つ者はいるか」
林元帥は言った。
会議の参加者全員が頭を振った。
日本の戦力は圧倒的だ。
年内にアジアの独領は制圧され、独東洋艦隊は全滅しているだろう。
「そして、年内に欧州の大戦の決着がつくなら、日本が派兵する必要はないだろう。
仮に海兵隊のみを派兵するにしても、準備をするうちに大戦が終わってしまう。
だが、戦争が年内に終わらなかった場合、その時に日本が欧州に派兵せず、アジアに引き籠っていた場合、英仏露は日本をどう見るかな。
自分たちは血を大量に流しているのに、日本はアジアに引き籠って金儲けに専念し、血を流そうとしない、そう見るのではないかな。
日本は大量の嫉妬を招くことになる。
日英同盟は不要だ、破棄しろ、と英国が思うかもしれん。
日英同盟は日本の安全保障の背骨だ。
それが無くなったら、中国問題等への対処方法も変わってくる。
第二次日露戦争が起こるかもしれん。
そういった事態を避けるためにも欧州に海兵隊が赴く意味はある。
確かに2個師団しかいないかもしれん。
だが、日本も英仏と肩を並べて精一杯血を流しているのを実際に見せる効果がある。
そして、日章旗が西部戦線に翻っているのを見せられた英仏露は、日本を同盟国として信用するだろう」
林元帥は話を締めくくった。
「しかし、2個師団で、どれだけ政治的効果が挙げられるか」
内山海兵本部長は難色を示した。
「後、感情的な問題だ。わしの個人的な思い出を話させてほしい」
林元帥は続けた。
「戊辰戦争の際にフランスの軍事顧問団は、わしやそこの土方大佐の父達を助命しようと奔走してくれた。
特に当時大尉だったブリュネ将軍らは脱走罪の汚名を着て銃殺の危険を冒してまで、仙台に来てわし達の降伏助命の道筋をつけてくれたのだ。
フランス軍事顧問団がいなかったら、わしだけではなく北白川宮殿下や大鳥圭介提督ら、海兵隊の先達たちも薩長に殺されていたかもしれん。
土方大佐はこの世には生まれていなかったもしれん。
命の恩人がいるフランスは今、不当なドイツの攻撃にさらされている。
海兵隊の先達やわしらを救ってくれた恩義にサムライとして今こそ報いたいのだ」
「私もサムライです。
700年以上前、源頼朝公が平家打倒の兵を挙げた時、源頼朝公の高祖父、八幡太郎義家公の後三年の役の際の約100年前の恩義に今こそ報いるときと、坂東のサムライ数万は源頼朝公の下に競うように駆けつけました。
また、承久の乱の際も、坂東のサムライ20万は約20年前に亡くなった源頼朝公の恩義に今こそ報いようと朝敵の汚名を被っても怖れずに奮戦いたしました。
フランス軍事顧問団に恩義を受けてから50年も経っていません。
20世紀のサムライも恩義に報いることにかけては、700年以上前の坂東のサムライに決して劣っていません。
サムライの魂を欧州で私はお見せしましょう」
柴横須賀海兵隊長が、林元帥の言葉を受けて叫んだ。
周囲の者も口々に欧州への海兵隊派兵に賛同しだした。
土方大佐も思った。
そうだ、フランス軍事顧問団がいなかったら、自分はこの世に生まれていなかったかもしれないのだ。
私の父、土方歳三は戊辰の戦野で骸をさらし、母の琴は婚約者のままで終わった可能性が高い。
自分をこの世に生まれさせてくれたフランスの恩義に報いねばならない。
林元帥は周囲を見渡して思った。
海兵隊幹部の意思は統一された。
何としても海兵隊を欧州へ連れて行き、フランスの恩義に報いよう。
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