第1章ー7
「欧州まで本当に海兵隊を派兵するつもりなのですか」
一戸第3部長が戸惑ったような声を挙げた。
「我々海兵隊は最大限動員しても2個師団にしかなりません。
欧州に派兵しても戦局に寄与することが出来るとは思えませんが」
「そもそも欧州に着くころには、戦争は終わっているのでは」
柴五郎横須賀鎮守府海兵隊長が口を挟んだ。
「戦争は年内に終わる。英仏独露墺全ての参戦国がそう考えているみたいですが」
「その考えは甘いぞ。戦争は年内にはまず終わらん。数年続く公算大だ」
吉松茂太郎第4部長が言った。
「軍令部第4部は情報を分析した結果、この戦争は長引くものと考えるに至った。理由は幾つかある」
「その理由を教えていただけませんか」
一戸第3部長は言った。
「まず第一に補給と補充の問題だ。
鉄道を使って防御側は迅速に増援部隊や補給を送り込めるが、攻撃側は相対的に困難だ。
第二に防御側が現在は機関銃等の活用により攻撃側に対して圧倒的に有利なことだ。
それこそ、一戸第3部長の方がよくわかるのではないか。
旅順、営口、奉天で何が起きた?」
「言われてみればそうですね。
営口ではあのコサック騎兵の強襲を急造陣地と機関銃の組み合わせで迎え撃つことで我々は虐殺に近い戦果を挙げました。
辛うじて生き延びて我々の捕虜になったコサック騎兵の何人かは、悪夢が怖くて夜に眠れないと訴えたとか。
夢で見るそうです、かつての仲間と騎兵突撃を掛けていく、そして、仲間が次々と撃ち殺される。
自分の馬も被弾して自分が落馬し、起き上がって周囲を見渡すと周り中が仲間の死体に覆われていて、絶叫して目が覚めるとか。
何人かはその悪夢の恐怖の余り、自殺にまで至ったと聞いています。
そんな事態が起こるほど、今では防御側が優位になっています。
奉天戦で我々が勝てたのは露軍の戦線を迂回することに徹したからで、露軍の戦線を突破しようとしていたら、我々はあれだけの戦果を挙げられなかったでしょう」
土方大佐は思わず口を出してしまった。
「今のところは、戦線が流動的なのでそこまでの事態が起きてはいないが、いずれは補給の問題から西部戦線、東部戦線、バルカン戦線全てが一旦、停止するだろう。
特に西部戦線は敵味方共に大兵力を集中しているので、独の快進撃が止まったら、スイスから大西洋までの長大な塹壕戦が起こってもおかしくないと思うがな。
そして、参戦しているのは列強だ。
日露戦争だと、日本は国力がすぐに尽きて、露も革命騒動で国力ががたがたになったが、今度の英仏独がそう簡単に国力的にお互いに倒れることは無いだろう」
吉松第4部長は言った。
一戸第3部長や内山海兵本部長といった日露戦争経験者はその説明を聞いて得心したような表情を浮かべた。
「そういったことなら、尚更、海兵隊が欧州に赴いても意味はないのでは。
2個師団は英仏独から見れば吹けば飛ぶような小兵力です。
英仏独が総力戦を繰り広げているところに送り込む必要があるのでしょうか」
内山海兵本部長は言った。
他の面々も内山海兵本部長に同意するような表情を浮かべている。
だが、1人だけ違う顔をした人物がその中にいた。
「普通に軍事的に考えればそうだろう。
だが、我々海兵隊が欧州に赴くのは、軍事的な意味ではない、政治的な意味で行くのだ。
我々海兵隊が西部戦線に駆け付けることは政治的には大きな意味がある」
その1人、林忠崇元帥が声を張り上げた。
会議の参加者全員が、林元帥を注視した。
北白川宮殿下、本多幸七郎提督が共に亡くなった今、陸軍における山県有朋元帥と同様に、林忠崇元帥は海兵隊の大御所で基本的に誰も逆らえない存在である。
長くなったので分けます。
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