エピローグー3
同じ頃、日本国内でもいろいろな人が酒を酌み交わしていた。
「林忠崇元帥が欧州に赴いて3年か、1915年の年末には一緒に酒を呑もうと言われて欧州に林元帥は赴かれたのに、また今年も一緒に酒は呑めなかったな」軍令部次長(海兵隊担当)の一戸兵衛中将が、海兵本部長の内山小二郎中将の私宅に押しかけて、出された酒を手酌で飲みながら、内山中将に語っていた。
「そうですな。林元帥と今年も我々は一緒に酒を呑めませんでした。我々は勝ってはいます。ですが、戦争は終わる目途が立たない。戦争が終わらないと林元帥と一緒に酒を呑めませんな」内山中将は、さすがに手酌は先輩に失礼だと思い、酒を勧めながら言った。
「米国が参戦してくれた以上、来年こそ林元帥と酒を一緒に呑みたいものだな」一戸中将は、内山中将に勧められた酒を呑み干しながら言った。内山中将も肯いた。だが、お互いにそれまで大変な苦労をしそうだ。一戸中将も内山中将も目を合わせて無言で会話した。海兵隊は勝ったと言いながら、膨大な死傷者を出しており、海軍本体どころか陸軍からも士官を派遣してもらう羽目になっている。3年前にこんなことになるとは林元帥どころか、お釈迦様でも分からなかっただろう。
山本権兵衛前首相と斎藤実前海相も馴染みの料亭で酒を酌み交わしていた。ここは海兵隊には因縁のある料亭で、海兵本部長を長年務められた本多幸七郎提督と自由党、政友会の一言居士と謳われた小倉処平代議士が秘密の会合場所として何度も利用していた料亭でもある。
「江田島が伊陸軍士官の教育場所にされそうで申し訳ありません」英国の新聞記事は日本にも伝わっている。斎藤前海相は、山本前首相に頭を下げた。
「あれは伊陸軍の自業自得だから仕方ない」山本前首相は笑った後に続けて言った。
「それにしても、戦争がこんなに犠牲者が出るものとは思いもよらなかったな」
「全くです。陸軍省や陸軍参謀本部の上層部も顔色を変えつつあるとか」斎藤前海相も肯きながら答えた。
「頭で理解するのと肌で感じるのは本当に違います」
「うむ」山本前首相は肯いた。カポレット=チロルの戦いで勝利を収めたが、その補充は本当に大変だ。兵器等、英仏は日本に感謝して大量の援助をしてくれているが、兵員は自前で何とかするしかない。特に士官層の補充はそのための教育が必要等、容易に補充が出来ない。そして、もし、露が社会主義国に本当になってしまい、新生露と日本が総力戦を展開することになったら、陸軍省、参謀本部共にその場合を想定するたびに真っ青になりつつあるらしい。
「目の前の戦争から片付けようか」それしかない、と言外の意を含ませながら、山本前首相は言った。斎藤前海相はその言葉に肯いた。
同じ頃、山県有朋元帥は、一人手酌で黙々と酒を呑んでいた。横には貞子夫人のみがいる。
「気が付けば、戊辰戦争の現役で陸軍の生き残りは自分以外では奥、川村と寺内くらいか」山県元帥は思いを巡らせた。戊辰戦争どころか西南戦争での実戦経験者も現役での生き残りは減る一方だ。大山巌元帥も昨年、亡くなった。西南戦争からでも40年が経つのだ。そして、戦場は大きく変わり、飛行機が飛び交い、潜水艦が活動し、戦車というものまで活動するようになったのだ。戦争は総力戦となり、文字通り自国の国力を総動員するものになっている。
「本当に戦争がこんなことになるとは思わなかった。そして、戦争の影響がここまで出るとは」陸軍の欧州派兵阻止に自分は動いたのに、結局、陸軍は欧州に人員を派遣している。来年、更に物事は変わるのだろうか、山県元帥は不安を覚えた。
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