エピローグー2
同じ頃、田中頼三中尉と木村昌福中尉も、いつの間にか行きつけとなったマルタ島の酒場で酒を酌み交わしていた。気が付けば、欧州に派兵されて1年以上が経ち、その間はマルタ島が主に日本欧州派遣艦隊の根拠地になっていたために、全然教わっていないはずなのに、2人共酒場の中で話されているマルタ語が少しずつ聞き分けられるようになっていた。
「あの男は何と言っていた」田中中尉は木村中尉に尋ねた。傍にいる男が自分達にはわからないと思ってマルタ語で侮蔑に当たる言葉を発したように思えたのだ。木村中尉は肩をすくめた後で言った。
「日本海軍が働いているのかどうか分からんと言っているように聞こえたな」
「何だと。対潜護衛のために懸命に働いている我々を侮辱したのか」田中中尉は酒がまわっているせいもあり、いきり立った。木村中尉は田中中尉をなだめた。
「対潜護衛任務は平穏無事が一番さ。働いているかどうか分からん方が、幸せなのだ」
「確かにそうだが」木村中尉の宥める言葉に、田中中尉は不承不承肯いた。田中中尉が落ち着くのを見た木村中尉は、艦長の堀悌吉少佐が教えてくれた小話を話さないほうが良さそうだと決めた。ロンドンの新聞で伊陸軍士官は江田島で再教育されるべきだと報道されたというのだ。江田島、言うまでもなく母校の海軍兵学校がある場所である。日本は艦隊も航空隊も欧州に派遣しているが、海兵隊が一番派手に活動している。そのために江田島に海兵隊のみの士官学校があると思われたのではないか、ということだった。艦隊が活躍したと最も報道されるのは、海戦で大戦果を挙げた時だ。だが、対潜護衛任務で派手に戦果を挙げることなど望み薄だ。むしろ、戦果を挙げず共、輸送船等を無事に目的地に届けることが重視される。日本の欧州派遣艦隊は黙々とその任務を果たしている。
「そういえば、対潜戦闘用の聴音機の雑音は少しは減ったのか」田中中尉は日本語でささやいた。木村中尉は念のために周囲を見回したが、日本語が分かりそうな奴はいない。
「少しずつ減ってはいる。戦闘でも役立つことが増えている」木村中尉もささやき返した。2月ほど前、ようやく欧州に派遣された日本の駆逐艦全てに対潜戦闘用の聴音機が装備された。だが、雑音が多く、聞き間違いが当初は多発した。こんな役立たず、捨ててしまえ、という艦長が多数出たほどだ。だが、英海軍の指導を受ける内に、少しずつ雑音が減り、聞き間違いも減っている。少しずつ対潜戦闘に際して役立つようにはなっている。そうなると役立つのなら、国産化できないかと言う声が挙がりだした。しかし、現実問題としては。
「役立つのなら、国産化できるようになりたいが、戦艦の建造以上に今の日本では困難な話らしいな」
「戦艦にしても、金剛と比叡を比較すれば分かるように、英国産に日本産は未だに見劣りする。聴音機には別の困難がある」
「数年は英国からの輸入品で我慢するしかないか」
「そういうことだ」田中中尉と木村中尉はひそひそ話をした。
「あれが全く1年早ければ、助かった同期生が何人かいるな」
「新兵器とはそういうものらしいが、悔しいよな」気が付けば、欧州派遣艦隊では3隻の駆逐艦が沈んでおり、2隻が大破させられている。当然、戦死者が出ており、その中には海軍兵学校の同期生がいる。勿論、最も海軍兵学校の同期生が戦死しているのは陸上だ。海兵隊に出向させられ、戦死した海軍本体の同期生が稀ではない。航空隊にも当然いる。
「海軍士官として海で死ねたのだから本望だろうがな」田中中尉は戦死者のために杯を挙げて干した。木村中尉もそれに倣った。
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