第4章ー12
独陸軍参謀本部が主攻と助攻を入れ替えた効果は絶大だった。タグリアメント河渡河を何とか阻止しようと伊陸軍総司令部はイストリア方面に展開している隷下の部隊を叱咤激励したが、主攻方面になったことから物資等の援助を大幅に受けられた独墺軍の攻撃は激烈なものとなり、浸透戦術による包囲殲滅に晒された伊陸軍の前線部隊は先を争って敗走する有様で、11月3日、攻勢開始から10日程で60キロ余りの急進撃に独墺軍は成功して、タグリアメント河の渡河にも複数の地点で成功した。こうなっては、タグリアメント河は防衛線の機能を果たさない。ピアヴェ河を最終防衛線とすることを伊陸軍総司令部は考慮せざるを得なかった。伊陸軍総司令部は、日本の欧州派遣軍総司令部に救援を要請したが、総司令官の林忠崇元帥は拒絶した。
「無理をいうな。チロル方面からの攻勢を我々は凌ぐのに精一杯だ。そもそもチロル方面の独墺軍は我々より多いのに対して、イストリア方面は独墺軍が少数だろうが。それに事前に独墺軍の攻勢については警報も発したはずだ。それを無視して奇襲を受け、敗走する羽目になったからと言って、日本に救援を求めるか。恥を知れ、恥を」林元帥は伊陸軍総司令部からの救援要請の第一報を受けた際にそう言ったという。だが、伊陸軍はそうは思わなかったらしい。日本が救援要請を無視したことが、このカポレット=チロルの戦いの大敗の最大の原因と口を極めて非難し、公刊戦史にも日本の独善的態度が最大の敗因と記載した。日本軍がイストリア方面に救援に駆け付けてくれていたら、タグリアメント河渡河にも独墺軍は失敗して逆撃ができ、カポレット=チロルの戦いに伊軍は勝利を収められたという。なお、この主張は、伊以外の全ての国の軍関係者(英仏のみならず敵国の独等も含めて)から責任転嫁にも程があると冷笑された。その場合、チロル方面はどうやって防衛されたのだ、と指摘されている。実際問題として、日本軍には余裕が無かった。助攻になったとはいえ、兵力面で日本軍が劣勢であることに変わりはなかったのだ。だが、日本軍は浸透戦術への対処方法を幾つか編み出していた。
「こっちに戦闘機があればな」ロンメル中尉は舌打ちした。日本軍の1個中隊を包囲することに成功したものの、日本軍は動揺の気配が無い。暫く経つと空から爆撃機が物資を投下した。とても中隊全体を養うには足りない量だと思うが、補給が届くことで部隊は安心している。一方のこちらは。
「中隊長、食料はいつ届くのでしょうか」
「わしにも分らん」ロンメル中尉はぼやく様に言った。包囲する側が物資の不足にあえぐ等、悪夢としか言いようがない。包囲されている側には少量とはいえ物資が届くのに、包囲している自分達には物資が届かないのだ。
「こんなことがあってたまるか」ロンメル中尉は更にぼやいた。
「空から食料や弾薬が届くとはな」山下奉文大尉は感嘆するように言った。もちろん、とても中隊全員が満腹できる量ではない。だが、食料等が包囲されていても届くのは、兵に与える安心感が違う。
「空から食料や弾薬を投下するとはな」実際に物資を投下した大西瀧治郎中尉は首を振った。同乗している草鹿龍之介中尉も後ろで同意している。欧州派遣軍総司令部から爆撃機を物資投下に転用できないか、と打診された時は驚いたが、実際に検討してみると成功の可能性が高いと結論付けられた。そして、実際にこの戦場で物資投下は成功している。
「これなら地上の部隊は安心できるな。どんどん物資を送ってやろう」大西中尉は言った。草鹿中尉は思った。同期の大田実中尉も安心しているだろうか。
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