第4章ー7
大田実中尉は再編制された第2海兵師団隷下にある小隊長としてチロルへと移動していた。ヴェルダン戦の後に陸軍の士官、下士官の大量の欧州への派遣が決まり、大規模な士官、下士官の異動が行われた。国府中隊長の指揮下から自分は離れ、陸軍から派遣された中隊長の指揮下に自分は入った。同僚の小隊長3人の内1人も陸軍から派遣された将校だ。これで融和していけるのか、と人事異動の辞令を受けた直後に自分は疑問を覚えたが、文字通りの同じ釜の飯(最も伊産のいわゆる外米なので、新鮮だがまずいと部隊内では悪評紛々の代物だが)を食う内に段々と陸軍と海軍の士官や下士官は融和していった。林忠崇元帥と秋山好古大将が連れだって部隊内を巡視し、積極的に要望を聞いて対処する姿勢を示し、実際にできることはしたのもよかった。陸軍から派遣された一部の士官は、ボタンに桜に錨のある海兵隊の軍服に未だにどうにも馴染めないらしいが、多くの士官がいつの間にか海兵隊の軍服になじむようになった。だが、陸軍と海軍の士官や下士官の融和がより進んだのは、もう一つ理由があった。
「全く日本軍を馬鹿にするな。ヴェルダン要塞で仏軍と肩を並べて我々は戦い、その勇戦を嘉して独皇太子から逆感状を我々は賜ったのだぞ」大田中尉の目の前で、新任の中隊長の山下奉文大尉が息巻いていた。
「全くだ。伊軍の体たらくは何だ。我々と独軍は対等に戦い、むしろ優勢なくらいだ。その独軍に負ける露軍、その露軍に負ける墺軍、その墺軍にすら中々勝てない伊軍、伊軍の実力はどう見ても我々より数段下ではないか」温厚で教育者に向いているのではないか、と大田中尉が内心で思っている同僚の小隊長の牛島満中尉までが山下大尉に同調している。我々と言うが、それは海兵隊であって、陸軍出身の山下大尉や牛島中尉が怒るのは自分には少しおかしい気がするが、ここは黙っているべきだろう、と大田中尉は思った。伊軍総司令部が林元帥を侮辱し、それに怒った林元帥がチロル防衛を請け負ったという経緯は海兵隊以下、日本の欧州派遣軍内に速やかに広まっていた。敵が出来るとそれに対して一致結束するというのは、人間の性だが、伊軍総司令部と言う敵が現れたことで、我々を馬鹿にするな、と陸海軍の軍人は一致結束をより強めるようになっていた。
「それにしても、海兵隊の本来の任務から言えば程遠い地に来ましたね」大田中尉は雰囲気を変えようと2人に声を掛けた。
「うむ、全くだな。林元帥以下の日本欧州派遣軍総司令部がヴェネチアに置かれるわけだ。ここチロルに総司令部が移動しては、我々は海兵隊ではなく山岳部隊に本格的に名称を代えねばならん気がするな」山下大尉が言った。
「チロルはアルプスの麓の山岳地帯ですからね。海兵隊がいるのは不思議な気がします」少し頭が冷えたのか、牛島中尉がそう言った。
「そういえば、第4海兵師団が本格的な山岳師団に編制されるというのは本当なのか」山下大尉が大田中尉に質問した。
「本当ですよ。ヴェルダンから北伊への海兵隊の移動が決まった際に、林元帥がこの際、4個師団の内1個師団を山岳師団にしようと発案されました。実際に昨年、独墺ブルガリアの3国がルーマニアに侵攻した際に独墺の山岳師団が猛威を振るいました。アルプスの麓で墺軍と攻防戦を行っている以上、山岳師団があった方がいいと林元帥が言われ、第4海兵師団が山岳師団になることになりました」大田中尉は答えた。
「何でもアリだな。海兵隊は。戦車師団を来年保有するのではないか」牛島中尉は肩をすくめた。
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