第4章ー3
カポレット=チロル編を第3章と誤記していました。本当にすみませんでした。第4章に訂正します。
「新型機はやはり性能が違うな」大西瀧治郎中尉は気持ちよさそうに操縦桿を握り、その反応を楽しんでいた。偵察員席に乗った草鹿龍之介中尉は大西中尉の反応に内心でほっとしていた。幾ら前評判が良くても実際に乗った時には、予想と異なることはよくある話だ。英国の新型万能複座機で性能が優秀と言うことでDH4を偵察・爆撃機として日本軍は採用したが、実際に飛ぶまではどうだろうかと不安だった。だが、その不安は杞憂だったようだ。この性能ならば、独軍の戦闘機と空中戦でも戦えるのではないか。それよりも問題は補充兵の方か、草鹿中尉は周囲に目を配りながら、あらためて考えた。
ヴェルダン要塞攻防戦は、日本海軍航空隊に大損害を与えていた。ヴェルダン要塞攻防戦開始前に250人余りいた操縦員等は、100人余りまで終結時には戦死傷により減少していたのだ。独軍航空隊にほとんど日本軍飛行場を襲う余裕が無かったので、整備員等に死傷者がほとんど出ていないのが救いだったが、約6割の操縦員等が失われたという事実は重いものだった。幸い、陸軍航空隊の派遣が決定され、海軍航空隊の補充兵も駆け付けてきた。合計すると500人程の操縦士が補充されたことになる。だが、当然のことながら、その補充された操縦士は実際には航空機には触ったことも無い者ばかりだった(何しろ日本本土にある航空機はやっと2ケタというのが実態で、欧州の海軍航空隊のように目的別の航空隊編制すらせず、全部まとめて航空隊として運用されていた。)。そこで、補充された操縦士は、欧州で取りあえず旧式化した航空機を練習機として操縦訓練を行い、その上で、実戦機に搭乗して操縦に慣れてもらい、という手順を踏むしかないというのが現状だった。
海軍航空隊司令官である山下源太郎海軍中将を、欧州派遣陸軍航空隊司令官である福田雅太郎陸軍中将が訪ねていた。福田中将としては、欧州の最新の航空戦の戦訓を今後のために学ぶとともに、陸軍航空隊の拡充のために功績を上げる必要があった。福田中将は上原参謀総長と近しい存在である。世界大戦が始まったばかりの頃、満蒙問題について外務省の一部官僚と手を組んで謀略を巡らせたが、それが発覚してしまい、大御所の山県有朋元帥の逆鱗に触れてしまった。そのため、関東都督府付という閑職に一時飛ばされていたのだが、陸軍航空隊の欧州派遣が決まったことから、上原参謀総長の推挽により、欧州派遣陸軍航空隊司令官という栄職に返り咲くことが出来た。福田中将としては、ここで失敗して上原参謀総長の信頼を失っては後がない。何としても、功績を上げる必要があった。
「よく来てくれた」山下中将は鷹揚に福田中将を出迎えた。
「操縦士以下、よく訓練を積まねばならん。ま、最低3月、できれば5月は飛行訓練に必要だな。座学は一応、船の中でやってきたのだろうが、それだけではどうにもならんからな」
「は、はあ」福田中将は山下中将の言葉に毒気を抜かれた。そんなに操縦士の訓練は手間暇がかかるものなのか。今は3月、ということは秋にならないと陸軍航空隊は前線に赴けない。
「もうちょっと早くならないか、という顔をしているな」山下中将は言った。
「だが、訓練不足なのに前線に赴いては、射的の的にされるだけだ。これまでの操縦士を全員、教官としてつけてやる。それで、操縦訓練時間を少しでも増やすつもりだが、限度と言うものがあるからな」
「それはそうです」福田中将は相槌を打った。
「ともかく秋まで訓練に励もう」山下中将はのんびりと言った。福田中将は思った。本当に時間がかかる話だ。
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