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灰色の空に落ちて  作者: 鈴乃木 美那
プロローグ
2/5

マイナス〈1〉

「相変わらず浮かない顔してんなぁ」


頭上から降ってきた声に顔を上げる。朝っぱらからは見たくも無いイケメンの顔がそこにはある。


「生まれつきだよバカ野郎」


それだけ言うと俺は再び机に伏せる。ちくしょうイケメン死ねよ。


「俺がイケメンならお前もだろ」


どうやら声に出ていたらしい。しかしこいつの美的感覚は狂っている。柔らかいウェーブの掛かった茶髪に線の細く整った顔立ち、細身で高身長モデル体型のこいつに比べ俺は……悲しくなってきた。


「喧嘩売ってんだな?片やファンクラブまであるイケメン、片やビビられて不良のレッテルまで貼られてる俺。よろしい。戦争だ」

「バーカ、お前と争うかよ俺が」


机から起きながら睨み付けるが、こいつが動じないのはわかっている。爽やかに笑って受け流しやがって。


「で?王子がなんのようだ?」


通称王子。容姿端麗。気さくで文武両道なこいつ、天王寺 雄作(てんのうじゆうさく)のあだ名だ。悔しいがその通りだと思う。


「決まってるだろ。ただの暇つぶし」

「……だろうな」


わざとらしく溜め息を吐いて俺は立ち上がると鞄片手に教室を抜けるのだった。



―――――――――――――――



王子と馬鹿話をしながら下駄箱まで来る。嫌な予感と言うか視線を感じる。

それとなく見回すと30m程離れた校門の辺りから此方を伺う女生徒の集団が見えた。……そういうことか。


「悪い雄作。教室に忘れ物した。校門の辺りで待っててくれ」

「付き合うぜ?」


お客さんがお待ちだ。と言うのも癪に障る。良いから行ってろと乱暴に雄作の背中を叩いて来た道を戻る。






「なぜ俺はこうなんだろうか」


 用も無い教室に戻って窓から校門を見下ろすと、先程の女生徒と雄作が何やら話込んでいるのが見える。女生徒の必死な様子を見るに告白的な青春のイベントに間違いは無いだろう。


雄作は何故引き立て役、もしくは邪魔でしか無い俺と仲良くするのだろうか。


『友達だからだろ?』


そんな風にくすぐったそうに笑う雄作の顔が目に浮かぶ。そうなのだ。あいつがいなければ俺はぼっちだろう。やめだ言ってて悲しくなってきた。


「あら、時津くんがこんな時間に教室にいるのも珍しいわね。忘れ物?」


これほど迄に眼鏡の似合う女を俺は見たことがない。あとポニーテールに眼鏡って合うんだな。委員長こと田宮 春香(たみやはるか)は柔らかく微笑む。美人と言う程では無いんだがな。



「委員長。まぁ、それを名目に逃げてきた」


促すように視線を外に向けると、委員長は俺の隣に来て窓から見やる。やば女の子の香りがする。


「……時津くんも大変ね」

「察してくれてありがとうございます」

「なぁに、それ?」

「あいつさ。基本的に馬鹿なんだよ。鈍感だし無自覚に女落とすし、そのくせ興味ないって顔してさ。だからモテるんだろうけど」

「よく見てるのね」

「危なっかしいんだよな。いつか刺されるぞあれ」


委員長はクスクスと笑い俺は苦笑するしかない。


「さて、あいつらも行ったみたいだし帰るか。じゃあな」

「え?」


なんだその「え?」は。


「送ってくれないの?」

「いつからそんな関係になった」

「もう暗くなって来たじゃない?」

「まだ5時だ。それに夏だ。どこが暗い」

「時津くんじゃない?」

「……根暗で悪かったな」



 俺は女が苦手だ。その中でも一二を争うくらいにこの女が苦手だ。







俺には両親がいない。病気で死んだってことならまだ救いがあるのかも知れないけど、物心が着いた頃には父方の祖父と暮らしていた。


隠し事の嫌いな祖父曰く、俺の母親は何処の誰かもわからない男と行方を眩ませたそうだ。俺を爺さんに預けて。父親は父親で不倫相手の女と駆け落ちしたらしい。不幸だとは思わなかった。俺には爺さんがいたし 。まぁ、そんな爺さんも去年の夏に死んじまったけど。


「田宮んちどっち?」

「2丁目だよ。時津くんは?」

「同じく。あの武家屋敷わかる?」

「えっ?あのお屋敷の人だったの?」


まぁ、自分で言っておいてなんだが、武家屋敷とは言ってもそんなに大きい訳ではない。どちらかと言えばそこらの一軒家と変わらないし古いだけだ。爺さんが遺してくれた財産の一つだ。


「一人暮らしには余るくらいには感じるけど、お屋敷って程ではないだろ」

「一人?」

「あー……雄作以外に来るやついないし、言う必要 のある相手がいなかったから黙ってただけだけど、 まぁ、な」

「友達いないもんね」

「……黙れ」


何が面白いのな機嫌良さそうに笑う委員長を他所に俺は歩く速度を少し上げるが、小走りで付いてきやがる。 そもそも何が楽しくて俺なんかと下校してんだこいつは。


そうこうしている内に例の屋敷…自宅まで来てしまった。


「んじゃあ、またな?どうせすぐそこなんだろ?」

「うん、また明日ね」


去って行く委員長の背中を見送り、見えなくなった所で門を潜る。


「ただいま」


返事が無いのはわかっているけど、この言葉を口にするだけでも何かが違う気がする。気持ちの問題だけど、一人暮らしの寂しさが少しだけ和らぐ気がする。


手を洗って冷蔵庫から適当に材料を取り出して適当に調理する。焼きそばでいいか。

ついでに牛乳を鍋にかけて皿に移して冷ましていると、カリカリと何か引っ掻く音が聞こえてくる。


「おう。入っていいぞ」


居間に向けて呟くと僅かに引き戸を開けてそいつは入って来た。


「器用だな。みんなそうなのか?」


返事は無いだろうけどそう聞くと、そいつは尻尾を僅かに揺らしてテーブルの前の座布団に座った。うむ。わからん。


爺さんが死んだ頃から夕食の時間になると来客が訪れるようになった。そいつに名前は無い。真黒で艶やかな毛並みで金色の目をした黒猫。 名前をつけてしまうと情が湧いてしまうから「お前 」と呼んでいる。……まぁ、こうして一年も過ごして日課と感じる情が湧いてしまってるんだろうけど。


「いただきます」


手を合わせてそう言うと、それを待っていたかの様に黒猫は皿の牛乳に舌を付けた。


「別に待たなくてもいいのに」



「当たりのことをしているだけだ」とでも言うように黒猫は小さく尻尾を揺らす。うーむ…人の言葉を理解しているようだ。

 

 猫に人語は通じてないらしい。根気よく名前を呼び続けることでその単語を「呼ばれている」と覚えるくらいで、刷り込みに近い形で反応しているだけに過ぎない。と前に猫の生態について相談した時に田宮委員長様が仰られていた。もちろん「似合わない()笑」「お前笑い漏れてっからな?」「なんのことかな?()爆」「手前ぇえええ!!」と言うやり取りがあったのは言うまでもない。


俺の女嫌いを作っている要因の一つがあいつにある事を訴えたい。

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