【競作/転】長い長い一日:花火
「起きなさい」
トンネルの中のように誰かの声が反響している。
目を開けると、道の真ん中だった。
そして、すべてを思い出す。
「あの時のあの液体は」
「ここへくるためには、必要なことだったのだよ。ここは妖世界と呼ばれておる。我々がおる世界の一部だ」
そうだ、俺は幼馴染を連れ戻すために、ここへ来た。
そして、今一緒にいる人は、大学の友人の祖父。
青江瑞垣さんだ。
俺の手伝いをしてくれているが、それもこれも、160年前の契約が原因らしい。
「あの、一つ聞いてもいいですか」
「ああ、いいとも」
俺はちゃんと立ち上がって、瑞垣に聞いてみた。
周りは薄ぼんやりとしているが、歩くのに問題はなさそうだ。
「160年前、なにがあったんですか」
瑞垣が歩き出したのを見て、俺もそのすぐ横を歩く。
「ペリー来航ぐらいは、日本史で習っただろ」
「確か、1853年でしたね。それに、同じ年にはプチャーチンが長崎に来てます」
「そうだ、そして江戸幕府が崩壊へと向かっていくわけになる」
話の筋が、まだよく見えない。
それに気づかないのか、瑞垣は語りをやめない。
「江戸時代までは、彼らは我々のすぐ横にいた。常に一緒におり、互いに影響を及ぼし合っていた。だが、鎖国が終わり、海外の文化や人が入ってくると、彼らが海外の写真などに映ることが増えた。当時から彼らは保守的な性格で、あまり映ることを良しとすることはなかった。そこで、当時の将軍徳川家定と彼らの長老の間である約束が結ばれた」
「それが、160年前の契約と呼ばれている物ですね」
「そうだ」
その時、花火が打ちあがった。
赤色、黄色、青色、そして橙色の4色花火だ
「おーう、おーう。
我の愉しみぞや、なんぞやと。
かくもあるべき愉しみや。
今日は宴、明日は祭り。
終わりなき世の宴なり。」
旋律は前と変わらないが、言葉が変わっている。
そんな歌が聞こえると同時に、瑞垣が俺に言った。
「向こう側のようだから、行くぞ」
「彼らに会うんですか」
「当然だ、そうでなければ誰が君の幼馴染を取り返すのだ」
瑞垣に言われて、確かにそうだと気付いた。
彼らへの橋渡しはしてくれるが、それからs買いは、自分でどうにかしなければならない。
花火を打ち上げているのは、10年前と変わらない連中だった。
「長老へお会いしたい!」
そこへ、瑞垣が叫ぶ。
打ちあがっていた花火が消えると同時に、空気まで凍ったように静まり返る。
「ワシに何か用かね、瑞垣や」
「長老、160年前の約束、よもや忘れたわけではあるまい」
「三ヶ条についてやろ。それならば、諳んじて見せようぞ。一つ、人間と妖は分かつ。一つ、人間と妖は干渉せず。一つ、人間と妖は関係せず」
「であるならば、なぜ人間の時間において10年前、鈴木宗見を連れ去った」
鈴木宗見が幼馴染の名前だ。
「鈴木宗見…おお、10年前、確かにワシの元に残ったが…ふむ、影替をここへ」
長老がパンパンと柏手を打ち、その人を呼んだ。
「あちゃあ、ここまで来ちゃったか」
その人は、10年前、本物の鈴木宗見と入れ替わるように現れて、今はアメリカに留学しているはずの偽鈴木だった。
「お前、アメリカに行ったんじゃ……」
「この世界は、広いようで狭いんだよ、河島荘司くん。人界のすぐ横に、妖界は広がっているんだ。だから、私がここにすぐに連れてこられても、不思議じゃない」
「この子は、残念ながら鈴木宗見ではない」
長老が言うと同時に、彼女の顔がぐにゃりと曲がり、すぐに俺の顔となった。
「あっしは影替。影借とも呼ばれています。狐や狸のように誰かの姿になり、その性格から癖から何から何までを演じます。目と向かってみた人物じゃないとなることはできませんし、雰囲気から違うことも多々ありますが。その上、あっしのその時々の雰囲気に応じて、因果を変化させることもできます」
「なら、本物の鈴木は何処に行ったんだ」
俺は影替に迫って聞く。
もしかしたら、因果を変化させたから、本物が消えたという可能性もある、そう俺は考えた。
だが、その考えは声と共に消えた。
「ここだよ」
知った声が、俺の後ろから聞こえてきた。
「鈴木宗見、か?」
俺が振り向いてみたのは、10年前と全く同じ姿の鈴木だった。
「……帰ってこいよ」
「河島君は、大きくなったんだね」
「さすがに10年もたつとな。なあ、帰らないか?」
「そうねー。確かに楽しかったけど、そろそろ帰らないといけない時がきたみたいね」
長老へそれから鈴木が振り向く。
「長老さん、今までありがとうございます」
「うむ、おぬしも達者で暮らせ」
影替がそれから俺たちに近寄った。
「10年間、ありがとうね。これは、そのお礼」
俺たちを、同時にトンと胸を押した。
頭の中で花火が同時に100発ぐらい鳴り響いたかのように目の前が瞬いた。
そして、俺は意識を失った。