そのいち! 「安心しろ、靴なら脱いだ」
ほんの数分前、この人はマンションの五階にあるベランダに現れた。というよりも、降ってきた。
部屋が揺れるのと同時に、すごい破壊音が窓の外から聞こえて、カーテンをめくってみたらご対面、っていうお互いに残念な流れ。
今は深夜で、もう数時間したら、空の色が変わって、スズメとかカラスが鳴き出す頃だ。
こんな時間に女の子の部屋のベランダにいきなり出る人が、変質者だという認識は、間違ってないと思う、うん。
でも、こう言ってはなんだけど、この人、そういう人に全然見えないよ。
真逆に、真面目そうに見える。
頭に帽子を被っているから、あんまりわからないけど、すこしはみ出ている髪の色は黒。
顔つきもくっきりして精悍だから、格好もちゃんとすれば結構イケメンの、しかも今はやりの眼鏡男子っていうのじゃないかな?
実は、風ではためいてる白いカーテンの傍で立つ彼は、何かの宣伝に使われてそうなくらい、絵になる。
でも、あくまで仮の話!
服ももう大晦日も過ぎたのに、ポンポンついた悪魔装束だし。やっとしばらくあの服装を目に映さないで済むって安心してたのに。
……おまけに、あたしがひそかに気にしてる身長のことまで言うし。
む。思い出したらイライラしてきたかも。
通報しちゃえ。こんな人。
ケータイを部屋に取りに戻って、ボタンを押す。
あ、新着メールがあった。
これ、チェックしてなかったから、送信されてから4時間も過ぎちゃってるよぅ。
【伊月へ
今日は仕事が忙しくて帰れそうにありません
ご飯、何か頼んで、食べてなさい 】
お母さんからのいつもと同じメール。お父さんに限ってはメールも電話もしてくれない。
この出来事は、変わらない。これが、あたしの日常。
「あ、そうだ。通報しなきゃ」
一瞬忘れかけた要件を済ませようとしたら、肩の上からニョキッと出た腕に、手の中にあったものが取られた。
「没収」
「あ、あたしのケータイ!」
振り返ると、いつの間にか後ろにはあの変態サンタがいた。
しかめっ面した彼は、あたしから奪ったケータイのストラップだけをつかんだ状態で、本体をぶらぶらと揺らして見せた。
「勝手に人の部屋に入らないで!」
「安心しろ、靴なら脱いだ」
「そうじゃなくって! 不法侵入しないでってこと!」
とぼけたこと言っても、誤魔化されないんだからっ!
しかも、服のせいでピンク色で統一してるあたしの部屋に妙に馴染んでるのが、イラッとするよ!
精一杯睨んでいると、あたしの主張と態度に彼は呆れているみたいで、鼻で笑った。
「チビ、おまえバカだろ。自分が危険にさらされるとわかっていて、指くわえたまま行動しない奴が何処にいる。もしいるならソイツは相当な間抜けだ」
「それは、そうだけど……」
でも、他人の部屋に平気で堂々と忍び込むかなあ。
靴を脱いでくれたのはありがたいけど。
――って、ありがたがっちゃ駄目だよ! 相手、変質者なんだからっ! 変態サンタなんだよ!?
うっかり雰囲気に流されそうになったけど、さっきからこの人何!? 変態にしては、妙に偉そうだよ?
あたしの返事に、変態は腕組みをしたままで満足そうに頷いた。
「だろう。わかったか、チビ」
「だからっ チビじゃないもん!」
うう~また言われた。いいもん! 明日からモーモー印の牛乳、2瓶から5瓶に増やすからっ!
絶対、ぜ~ったいにっ! 身長あと10センチは伸ばしてみせるんだから!
「無理無理無駄無駄。チビはチビのまま、小人は小人のままだ。諦めろ」
「失礼だよ! それに、心の中を読まないで!」
「読むかそんなもん。顔に書いてるんだ、そのアホづらに」
むっかぁああああ!
言ってることもムカつくけど、その後鼻で笑われたこともムカつく! ハッて言ったよ、ハッて!
「さっきから、あなた一体なに!? 人のうちに侵入したり、ケータイ盗ったりっ! 立派な犯罪だよっ」
「やっぱりバカだろ。犯罪に立派も何もあるか。それにこの格好を見て、よくそんな世迷言がほざけるな」
「ま、またバカって言った! しかもそれにあなたの姿なんか関係ないよね!?」
「はぁ? チビ、お前本気でそんなこと言ってるのか?」
「当然だよ!」
こんな状況で冗談なんか言えないよ。そんな余裕なんかないし。
腕組をしている彼を真正面から見上げると、口をポカンと開けていた。
「……じゃあチビ、俺のことなんだと思ってんだ」
「サンタのコスプレした、へ、変態」
「はぁぁぁぁああああああああっっっっ!?」
ちょ、ちょっと。近所迷惑になるから、叫ばないでほしいよ。
「身長だけじゃなくて脳にも栄養行き届いてないのか!? 俺落ちてきただろっ」
「そ、そう、だね」
ど、どうしてこんな怒ってるの? なんかあたし、おかしなこと言っちゃったかな?
「だったら、なんで俺がサンタだと思わない!!」
「え」
それは、無理じゃないかな。
でも眼鏡サンタ(自称)は、自分の服の胸辺りに指差して、あたしを納得させようと必死だ。
「え、じゃない! 普通そうだ!」
「ええ~」
だって、ねぇ。
「現代の小学生もきっと、夜中に乙女の部屋に乱入した人がサンタだって、ほいほい信じないよ」
どう転がっても、怪しい趣味がある犯罪者だから。
「バカか。サンタは不法侵入がセオリーだ」
「……確かにそうだけど。それ、認めるんだ」
少なくとも、胸を張って答えることじゃないよ。
ずれる眼鏡を押し上げ、彼は賢そうに見える(だけ)の余裕たっぷりの笑顔を浮かべている。
駄目だ、この人。自信満々で痛いこと主張してる。
ここはあたしが折れないと、ずっと同じ会話してそう。
大人になれ~大人になるんだ、あたし。
「ん~と、百歩譲って本物だとして……どうしてこんなに遅いの? もう1月2日、お正月だよ?」
「……なんでそんななま温かい目で見るのかわからないが、まあいい。それは、俺が『プレゼント担当』ではなく、『初夢担当』だからだ」
「初夢? 担当? 何それ」
プレゼントは、わかる。
それが理由で、あたしにとっては最悪な人物でも、世の中で大人気でちやほやされてるんだから。
「俺たちは本来、12月24日、つまりクリスマスの日にプレゼントを良い子に配ることだけをしてきた。けど最近、子供も現代社会に心が汚されてきているのか、将来の夢を持たなくなった」
「……なんか、妙にシビアだね。サンタなのに、現実見すぎてないかな?」
自称『初夢担当』の彼が、ジロっとあたしを見た。
「う……わかった、もう邪魔しないから、そんな睨まないでよぅ」
あたしの反省を聞いて、厳しい目をしていた彼は、一度深く横柄な態度で頷いた。
あたし立場からして上のはずなのに、なんでだろう。下に置かれてる、よね?
むぅ。納得いかないよ。
「それでここ近年、初夢でいいやつをみせて希望を持たせようってことになって、本人が描く良い夢を届けることになったんだ。
おかげで俺みたいなアルバイトが、こんな新年早々徹夜して仕事やってるって現状だ。まったく、クリスマスで張り切りすぎて筋肉痛で寝込むなよ。あのクソ爺共」
「そ、それはお疲れ様」
なんか聞きたい事情だけじゃなくて、渦巻く内面事情も垣間見たような。
読んでくださって、ありがとうございます!
次の話は明日の同じくらいの時間に投稿予定です。
それでは、また。