プロローグ
荒々しい山脈に爆発音が響きわたる。灰が空を覆い尽くし火の粉が降り注ぐ。火山特有の臭いがし、小規模な噴火のため地面が揺れる。辺りにはやせ細った木が所々生えているぐらいで、他の生き物の気配はほとんどない。鳥が飛ぼうものなら火山性のガスにやられ、獣が居座ろうとしても食料もなく餓死するだけである。しかしここが死の土地かと言えばそうではない。強者である竜がここを棲みかとし、火属性の精霊がそこかしこに潜んでいる。ここは火を好む者にとってはまさに楽園であった。今までは。
「予想以上の強さだったな。さすがは火神ヴェルナートの守護者。だがこれで目的に一歩近づける」
その場所は荒れ果てた大地がさらにひどいことになっていた。巨大なクレーターがいくつもあり、ありえない程の高温で焼かれたため地面が黒ではなく白くなっている。その惨状を作りだした男は目の前の竜を一瞥しつつ呟いた。竜は深紅の目を曇らせ赤かった鱗を自らの血でどす黒く染めている。
男は竜の額から生えている一本の角を刀で切り取る。切り取られた角はほんのりと暖かく光を発していた。
「これが世界の理を内包する火の結晶か」
火の結晶……、それはこの世界に安定をもたらしている神々の力が具現化したものの一つ。手にしたものには不老不死や絶大な力が宿るといわれている。そんな大層なものが簡単に得られるはずもなく、男は何年もかけ情報を手に入れ力をつけてきた。そして遂に火の結晶の守護者である竜を倒し手に入れたのであった。長年求めてきたものの一つを前にして、男はそれを握りつぶした。ガラスが割れるような音とともに火の結晶は砕け散った。
「次は潔癖の森で調停者をどうにかしなければ。待っててくれフィオナ。君の願いはきっとかなえてみせる」
男は呪文を唱え拠点へと転移する。転移の光がおさまると後には戦闘の跡と竜の死体だけが残っていた。
火の神ヴェルナートの守護者と守護されていた火の結晶の消失。それはこの世界にいる一部の高位魔術師や賢者、そして他の守護者に調和の乱れとして伝わっていく。偉大な王につかえる魔術師は城で、賢者は深淵の森で、水の守護者は海底で、それぞれが各々の手段で知り様々な考えをめぐらす。そして、それはここ光の神ウィースの庭にいる守護者にも伝わっていた。
「まさかヴェルダンテが死ぬなんて。神具が一つ壊れたぐらいじゃ世界の調和は崩れない。けど念のため調律を早めたほうが良いわね」
光あふれる美しい森で緑の髪をした少女は歌うようにつぶやく。自らと同じ守護者が死ぬというのはそうそうあることではない。仮にも神の所有物を守っているものが弱いはずはなく、その守護者が死に神具が壊されたということは、神に反逆するものが現われたということである。しかし少女はまったく驚きを表情に出すことなく歩き出す。
「ねぇ、インチキ神。今回は光の結晶のよどみをとるだけじゃなくて調律もしようと思っているの。だからあなたの世界から一人送ってくれないかしら」
少女が言う内容はお願いだが、そこには叶えられて当然といったような雰囲気が含まれていた。
「インチキ神とはひどいな。これでも立派な最高神の一人なのに」
そんな台詞とともに誰もいなかった筈の空間から一人の男が現れる。その格好はラフな色合いのビジネススーツとこの場には似つかわしくない恰好であった。
「私にとっての最高神はウィース様ただ一人よ。それ以外は全て信仰するに値しない神。それで、さっさと送ってくれるかしら。早くすましてのんびりしたいの」
「その信仰心に神である僕にその態度、相変わらずだな。てか一人送るだけでも結構疲れるんだけどな。じゃあ一人送るけど役目終えさせたらそこらへんに捨てるとか止めてよね」
「そっちこそ相変わらず胡散臭いわね。たかがヒューマン一人どうなったっていいじゃない。」
「ヒューマンじゃなくて人間ね。それにこの世界と僕の世界では危険度が違いすぎる。この世界の都合で誘拐して天国から地獄に送るんだからそれなりの対応してくれないと、ねぇ……」
その言葉の先は続けられなかったが、少女は話しぶりからその先を察したようだった。
「分かったわよ。送ってもらわないと困るから最低限の面倒は見るわ。とにかくさっさとよろしくね」
少女はため息をつくと光あふれる森の奥へと歩いて行った。
「さて、今回はどんな演出でこっちの世界に拉致してこようかな」
男はそう呟きながら透けるように消えていった。