風花
晴れているにもかかわらず既に雪がちらついていた。
「おいおい、雪降ってるじゃねえか。ったく、これから出かけるってのに、参ったな」
博士は窓の外を見遣り、肩を竦めると、手に持っていた煙草に火を点けた。
「はい、雪ですね。綺麗だなー」
その横では、少年とも少女とも取れる、助手の呑気な声が聞こえる。
「……お前、分かってるのか? これから出掛けるんだぞ?」
「いいじゃないですか。雪の中、出掛けるというのも乙なものですよ」
博士に背広を差し出しながら、笑顔まで呑気そうな助手は言う。
「本当に呑気な奴だな、お前は……」
「はい、よく言われます」
博士の呆れを含んだ台詞にも、助手は呑気な声で返した。
今更言っても仕方ない、と博士は溜息を吐き、助手から背広を受け取る。
「晴れている空に雪…………風花、ですね」
ふいに助手は窓に近付き、窓越しに外を眺めながら独り言のように言葉を洩らした。
「風花?」
背広に腕を通す博士は、助手に向かって聞き返す。
「はい。晴れている時に、雪が舞うように降る事を、風花というそうなんです」
「へえ、それは初耳だな。……まさか、お前に物を教えられる日が来るとはな」
博士は咥えていた煙草を灰皿に捨てると、黒く縁取られた眼鏡をかけ直す。そして、屈辱だと、意地悪に笑いながら言った。
「失礼ですね、私だって何も知らないわけじゃないです! 博士が物知りすぎるんですよ!」
それを見て、助手はぷくりと頬を膨らませた。
「ハハ、冗談だ。それより、そろそろ時間だ。出掛けるぞ、風花」
博士は意地の悪そうな笑顔から一転、優しい笑みを浮かべて助手の頭を撫でると、ドアに向かって歩き出す。
「あっ、待って下さいよ、博士!」
名前を呼ばれた助手も、慌てて博士の後を追うのだった。