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伝わったことば

作者: 水谷心春

んー?とさっきから首をひねる娘に苦笑する。


「……やっぱ気のせいなぁ」


独り言のように呟いて、またリズミカルに包丁を動かす。お花の形に切った人参が、まな板の上に咲く。

小さい頃は人参が苦手だった娘に、よくしてあげた切り方。単純なもので、それから人参が食べれるようになったのに、ずいぶん大きくなるまでお花の形に切ってあげてたっけ。


「おー、小松菜煮か?」


「そうだよ、好きだったよねー。こうやって花の形に人参切って」


そうだよな、と笑う旦那の目元には深い皺。ああ、ちょっと老けてきたんじゃない?


「もうちょっとしたら出来るから、出来たら運んでねー」


「分かった分かったー」


お玉から直接出し汁の味見をする娘。あーあ、ちゃんと小皿を使って味見をしなさい?ずぼらなとこは母に似ちゃダメなのに。

旦那ももう諦めたのか、娘が料理を始めたころには時々注意していたそれをもう注意することはない。

ーー自分もこっそり真似してずぼらしてるから、言うに言えないのだ。


手際よくキッチンを移動して料理をする娘を見て、目を細める。

何も料理を教えなかったけど、こうやって主婦をしているのが未だに信じられない。昔はリンゴの皮を剥くことすら、いや、包丁を持たせるのさえも怖かったのに。


「お父さんー、出来たから持っていってー」


小さなお膳の小さな茶碗やお皿に盛り付けられた精進料理。

それを持って、旦那は仏間に行き仏壇に供え、数珠を手に取る。


チーン……。


澄んだ音が仏間に響く。

静かに合掌していた旦那が目をあけた。


「……まこ、みずきが一生懸命作ったんだ。食べてやって」


私はそっと微笑んだ。


仏間を出て行く旦那の背は、どこか寂しげだが、それでも前を向いている。


そっと、私は供えられた精進料理に手をかざす。直接食べられないが、こうすることで食べたような感覚になれるから。


ふわっと広がった薄味の出汁の利いた小松菜煮。

私が作っていた味と、ほんの少し味の違う、娘の味。


ーー美味しいよ。


そっと伝う実体のない涙。

直接食べられないが悔しい。


もっと話したかった。

もっと教えてあげたいことがあった。

もっと旦那と2人で娘の、ーーみずきの成長を見たかった。



もっと……生きたかった。



「供えてきたぞ」


「ありがと」


命がついえてしまった自分だけど。

それでも、見守っているから。


「……ねえ、お父さん」


「ん?」


「……なんでもない」


笑うみずきに、旦那は物忘れか?と笑う。


キッチンを出て行く旦那を見送って、みずきは微かに微笑んだ。


ーー美味しかったよ、ごちそうさま。ありがとう。


届くはずのない言葉。

それでも伝えたい。


娘が自分に料理を作ってくれて、供えてくれた感謝を。


今度は自分たちの昼食を食べるために、茶碗を用意する娘はいつもの顔で。


届かない言葉は、自分だけの自己満足になって消えた。


「……お粗末さまでした」


だから、俯きながら微かに呟かれた言葉を知らないまま。


窓から入ってくる夏の熱い風に揺れる風鈴の音に、そっと笑みを浮かべた。





最後まで読んでくだっさってありがとうございました。


スマホに変えてから、小説を書くことからも遠ざかってしまいましたが……リハビリというか突発的に書いたものですがアップしちゃいました。


ラストの呟きは、読んでくださった皆様のご想像にお任せします。


最後まで読んでくだっさってありがとうございました!

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