あふれる希望
同窓会自体はどうという事もない、ごく普通の会合だったと思う。
私に受付を押し付けた、幹事で同級生の川田さんに連れまわされて、私と柴田くんは、結局ほとんど一緒に時間を過ごした。
そんな事もあり、結局、私と柴田くんは十年ぶりにゆっくりと話した。
中学生の頃に戻ったかのように、あの当時の事を話し合った。中学校のすぐ近くには国道が通っていて、その向こうに渡るとボーリング場があり、近くにたこ焼き屋があった。 ボーリングは私たちには関係なかったけれど、そのたこ焼き屋にはよく行った。放課後の部活の後、たこ焼きを買いに行くのは楽しみの一つだった。
卒業後、何人かは、そのボーリング場で遊んだ事がある様だった。けど、私たちは行った事はなかった。それでも、そこにボーリング場があった事は共通の記憶で、中学の頃は確かにあったけど、でも今は電器屋さんに換わっている事を話し合って「あったよねー」なんて確認しあっていた。
部活は私たちは二人ともテニスだった。そもそも、テニス部で知り合ったんだった。私は高校でもテニスを続けたけど、どうやら、彼は高校からはサッカーに転向した様だった。他には、中学のすぐ近くにあった公園で木に登った事。その高さを競って落ちそうになった事。
それ以外にも、当時やってた事とその後の事、中学周辺の色々な事。とにかく、中学卒業から今日までの日々について、十年のブランクを埋めるかの様に私たちは話し合った。
まぁ、私は短大二年生の夏の話は出来なかったけど…。
それ以外なら、中学の頃の事以外にも、高校の事、大学の事、それぞれの仕事の事、話す事は尽きなかった。なんでもない事だけど、そんな風に二人で共通する記憶を確認しあう事、そして共通でない事でも、そんなそれぞれの経験を話題にした時でも、その事に関しての思いが不思議なくらいに彼と重なる事は、とても気持ちが良かった。
そんなときは、微かな驚きと喜びを感じた。
私と彼は共通の気持ちを持っている。 そう。彼との絆を感じる事が出来たから。
だから、当初の予定とは大幅に変わったけれど、二次会は幹事たちのお疲れさん会に混ざって、私たちは日が変わっても話し込んでいた。
そして、話のとっかかりは思い出せないけれど、幹事の川田さん、宮下君、私、そして柴田くんの四人で翌日の花火大会を見に行く事になってしまった。 けど、理由は覚えてる。川田さんは宮下君が好き。でも、宮下君だけを花火大会に、デートに誘う勇気が出ないから、私をだしに『みんなで』と言う事にして、宮下君を連れ出す事を狙ったのだった。
そして、私だけじゃ変だから、と、もう一人、出来れば男子を連れ出したい。という事になり、それなら、柴田くんがいいんじゃない、という事になったからだった。まぁ、そんな話をした時に目の前に彼が居たから、彼を誘わないのも変かな、などという妙な考えもあった。
とにかく、私は翌日も柴田くんと会うことになった。
そう決まった時の心の感触は、怖いような嬉しいような、不思議な感じだった。
やがて二次会もお開きになり、それぞれに帰ることになった。 お父さんにでも迎えに来てもらおうかな、そう考えていた時だった。
「月嶋あ、おまえ、どうやって帰る? おまえ、確か中学校の向こうだよな?」
「あ、誰か家の人に迎えに来てもらおうかな、と思ったんだけど…」
「はは、もう一時だぜ? そんなに距離がある訳でもないし、酔い覚ましに歩かないか?」
「え?」
「まぁ、タクシーでもいいけど、それじゃ味気ないし…」
何を言おうとしてるんだろう? 彼の想いが知りたくて、そして怖かった。
「もうちょっと、おまえと居たいな。なんて、ほら、久しぶりだし、楽しかったし、いくらでも話すことがあったし…。 その…、 ダメか?」
その提案は私にとっては抗いがたい魅力があった。 それだけに危うかった。 だから、今の自分の生活を守る事を一番に考えれば、まだ怖い、そんな考えは確かにあった。
けど、まだ、何も言われてない、約束も無い、だから、彼とはただの悪戯仲間で悪友なだけ、だから何も心配する事はないんだ。そんな妙な言い訳を考えた。 そして
「いいわよ」
私はそう答えていた。
それが、私が一歩を踏み出した瞬間なのかも知れなかった。いろいろな言い訳を考えながら、それでも、新たな希望を持ってしまった瞬間なのだと思う。
中学の時は異性だなんて考えていなかった相手。最近、存在に気付いて、目に留めてしまった男性。 誰だろうと思った。けど、それは気が付いてみると、よく知ってる人だった。
彼なら大丈夫。 そう信じることにした瞬間かも知れない。
私は彼との関係を発展させる事を望み始めている。その事を意識し始めた。
だからこそ、やはり恐怖も感じた。こういう関係はとても複雑で、強いようでもろい。たとえ、お互いに傷つけるつもりがなくても、傷つけあってしまう事は十分に起こり得る。 もし、彼の想いを疑ってしまったら? もし、彼を信じられない、そう感じてしまったら? そしてもし、一度生まれた関係がなくなるとしたら?
その時はきっと傷つくだろう。
そんな時、私はどうするだろう? どの位の痛みだろうか? 耐えられるだろうか? 乗り越えて新しい気持ちを持てるだろうか? それとも、死にたくなるだろうか……。
もしかすると、今度は私が相手を傷つけてしまうだろうか? その可能性だってある。
考えれば考えるほど判らなくなったし、考えたくもない事ばかりを思いついた。
それは、いくら一人で考えても答えが出るはずの無い問題だった。 お互いの気持ちをぶつけ合って、一緒に答えを作っていく事だった。
けど、その時の私はまだ、そう考える事が出来るほどには希望を持っていなかった。
そしてその日、家までの間、私たちは不思議なほどに話をしなかった。それまでに、もう十分に話したからだろうか? それとも、二人だけになってしまうと、お互いへの意識が強烈過ぎて、お互いにまともに目を合わせる事も出来ないからだろうか?
それとも、二人とも自分の想いに、その可能性を思い悩んで沈んでいたのだろうか?
ただ、それでも、となりにお互いの存在を感じながら、並んで歩くのは心地よかった。
それに、私は途中で思い付いた。ただ、この雰囲気を満喫できればいい。何も話さなくても、ただ一緒に歩いていくだけで私の気持ちが上向いていく、その気持ちを感じよう、と。
そうして歩く時間は、長いようで短かった。 気が付いたら私の家に着いてしまった。
「送ってくれてありがとう。 じゃあ、明日四時に、駅の三省堂前ね」
「あぁ…。 あ、あのさ、携帯の番号とか、メールアドレス、教えてくれないか?」
「え?」
「あ、あのさ、明日、待ち合わせに間に合わなかったり、はぐれたりした時に連絡がつくと便利じゃん、だ、だから、さ…」
「あ、 そうだよね…」
一瞬、特に理由もなく、単に私の連絡先を知りたい、そう言われたのかと思った。そして、跳ね上がる鼓動に返答に困っているうちに、連絡先が必要な理由を聞かされてしまった。
そんな理由が無くても教えたのに、とはとても言えなかっただろうけど…。
でも、と、気を取り直して、私もその理由に便乗する事にした。
「じゃ、柴田くんの携帯も教えてくれる?」
そうやって、私たちは真夜中の玄関先で、お互いの連絡先を交換した。
その光景を、世慣れた人が見ていたらどう思っただろうか? 初々しくて新鮮だね、なんて言ってくれただろうか? それとも、単にもどかしくて見てられない、そう言っただろうか?
とにかく、その時の私としてはそれが精一杯だった。
いえ、当初の決意からすれば、信じられないくらいなほど危険に踏み込んでいた。 もはや、ここまで踏み出してしまうと、引いても何か傷が残る。 慎重に、でも真っ直ぐに進むしかないだろう。そう考えざるを得なかった。
そうすれば、私はまた気持ちを取り戻せるかも知れない。そんな風に考える事が、既に気持ちが戻ってきている証拠だったけれど、まだ、それを認める勇気はなかった。
両親には、その日遅くなる事は連絡していたけれど、やはり心配だったらしく、二時も過ぎたその時間に、両親はまだ起きていた。 そして、翌日の花火大会を中学校の同窓生達と見に行く約束をした、そう告げた時。
両親は複雑な表情をした。
私が人との関係を取り戻すこと、気持ちを取り戻すこと、両親としては、それはどちらも望んでいたことには違いなかった。 けど、その過程で再び私が傷つく事は一番恐れている事だろう。 もしそうなったら、今度は私が何をしでかすか、それを考えると、それよりは、このまま何も起きない方がまだましかも知れない。 そんな考えがあったのかも知れない。
お母さんは私に色々言っていたけれど、でも、いざそんな展開になると、やはり心配の種は尽きないようだった。
私も少し前まではそう考えていた。けど、彼との出会いは、私を突き動かした。
失くしてしまったと思っていた気持ちが、心が、私の中にまだある事を意識していた。どこから現れたのか、それはよく分からなかったけど、今、私の中には様々な気持ちがあった。
彼と一緒に過ごした時間の、彼へと向かう熱い気持ち。 その時間を思い出し、楽しくなる、暖かな気持ち。 彼と過ごす未来を想い、期待を膨らませる気持ち。 そして、彼との関係を失い、引き裂かれた心を、行き場をなくした想いを抱え込む絶望への恐怖…。
そんな混沌とした様々な気持ちを抱えながらも、その日はぐっすりと眠った。
眠りながら、色々な夢を見た気がした。
彼と一緒に暮らす幸せな時間の夢。 子供の手を引いて、公園に歩いていく夢。 結局、彼とは結ばれないけど、それでも、心を取り戻し、別の誰かと穏やかに暮らす夢。 何十年後かの同窓会で久しぶりに再会し、今日のように、それまでの何十年かを語り合う夢。
幸せいっぱいの夢もあったし、つらく切ない夢もあった。
けど、どの夢でも、私は精一杯に生き、色々な気持ちを乗り越え、後悔はしないで、真っ直ぐに生きている様に感じた。
そして、朝起きた時、まだぼんやりとしている間に、なんとなく考えた。いや、考えた、というよりは頭の真ん中が受け入れたのかもしれない。 真っ直ぐにぶつかればいいんだ。生きている限り悲しみはいつか出会う。けど、それでも、真っ直ぐに生きていれば、それよりたくさんの喜びに出会える。きっと出会える。 だから精一杯に生きていこう。
ぼんやりとしたまどろみの中で、でも、はっきりとそう感じた。