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再会


 私たちは、今年、中学校を卒業してちょうど十年経った処だった。 そう。今年の夏、私たちの学年は卒業十周年の同窓会が開催する事になっていた。

 そして、両親のちょっと強引な勧めもあったけど、何より、久しぶりに架かってきた同窓会幹事の同級生からの電話で「あんた、地元の癖に幹事もやってないんだから、出席くらいしなさい」という半強制的な勧誘には逆らえず、出席する事にしていた。

 その幹事の彼女は、中学当時から続く友達で、お互いの気心がしれている関係だった。その突き放した様な口調の向こうには、優しい気持ちが見え隠れする事もあり、彼女に言われると断れない。そんな友達だった。


 同窓会が行われる日は、お盆休みの真ん中の金曜日で、普段、地元を離れている人間が一番たくさん実家に帰っているだろうと思われる日だった。

 その日が近付くにつれ、私は期待と不安を意識していた。そして、少しだけ恐怖も。

 彼は来ないかも知れない、という不安と期待。来るかもしれない、という期待と不安。私の事に気が付いているかもしれない、という期待。

 そして、もし、直接話すような事になってしまったら、私は次に何を考えるだろう、という不安。そして、その向こうに広がる期待と不安と、そして恐怖。

 とっくに無くしたはずの気持ちが、 私の真ん中で大きく脈打っていた。



 そんな私の動揺などおかまいなしに淡々と日は過ぎていき、そして迎えた同窓会当日。


 私は開会より大分早めに会場に到着していた。もちろん、待ちきれなくて早く来てしまったなんてことではなかった。 私を強引に勧誘した彼女に、又しても「お盆なんだし、どうせ暇してるんでしょ? 受付くらい手伝ってね」と、こちらの生活パターンを見透かしたかの様な電話が少し前に架かってきて、受付に座る破目になったからだった。

 けど、それでも私は彼女を、そして、運命を甘く見ていた事を思い知る事になった。

 ありがちな事だけど、受付は男女ペアで、それは、妙な計らいから選択されていた。つまり、その時に地元に住んでいて、独身の人間のペアという組み合わせだった。

 そう。私と一緒に受付をする事になっていたのは、柴田くんだった。

 彼を見ながら私は驚いていた。その偶然に、いえ奇跡に、そして何より、そこに彼がいる事を望んでいた私自身に…。


 そして、彼の十年ぶりの最初の言葉は

「あれ、おまえ月嶋? 髪、切ったんだ」 だった。

 中学の頃は、と言うか、あの事件までは私は長髪だった。ストレートにしたり、動き回る時はポニーテールに結んだり、とアレンジは時と場合によったけれど、とにかく、中学生の頃、私の髪は確かに長髪だった。

「何よ。 もう、十年も前なのよ? 髪型の一つも変わるでしょ? 何か変?」

 私の事を覚えていたんだ…。

 その認識に心臓がおかしな勢いで跳ね回るのを感じながら、それでも、表面ではそんな事は匂わせもせずに、やり返したつもりだった。

 けど、そんな私の鉄壁の返答も、あっと言う間に打ち崩されてしまった。

「いや、変じゃないさ。 似合うよ。 おまえ、結構美人だな」

 平然とそんな事を言ってのける彼に、私は顔から火が出るかと思った。 あまりの事に、頭の回転が止まってしまった様で、何と返して良いのか判らなくなり、結局は「な…、何言うのよ」などと言うのが精一杯で、俯いてしまった。

「あはは。 照れるなよ」

 そんな私に気づかないのか、さらり、と返された。

「けど、おまえ、幹事だっけ?」

「ち、違うわ。 けど、川田さんに地元の癖に幹事もしないなら、受付くらいやって、って押し付けられちゃったのよ」

「あはは。川田かぁ、彼女、きついからなぁ」

「うそ。 川田さん、別にきつくなんてないよ? ちょっと不器用かもしれないけど」

「へー、そっか」

 そんな風に言った彼の表情はとても優しそうで、心臓が変な風に脈打つのが分かった。

「で、でも、あんたこそ、なんでよ? 幹事だった?」

「俺か? あはは、おまえと同じだよ、幹事の宮下に受付を押し付けられた」

「なーんだ、結局、同じじゃない」

「ま、いーんじゃないの? 少なくとも、こうして月嶋に会えたのは嬉しいな」

 その言葉だけでも、十分に私は戸惑ったけれど、続く言葉に、私は一瞬凍りついた。

「それはそうとさ、最近、俺たち時々出会ってたと思うんだけど、気が付いてない?」


「え?」


「おまえ、今、名古屋に勤めてるんだよな?」

「え? そうだけど、なんで?」

「朝さ、一ヶ月前くらいは、割と頻繁に一緒の電車だったけど、最近は会わないよな」

「そうなの? えーと、柴田くんも名古屋なの? 大体何時の電車なの?」

 彼も気が付いていたんだ…。頬が染まりそうになるのを必死に抑えながら言葉を続ける。

「俺か? 市内だよ、だいぶ南の方だけどな。で、乗るのは大体七時過ぎの特急だな」

「ふーん。 で、どこなのよ?」

「あぁ、名古屋港のすぐ近くだよ」

 けど、気が付けば、そんなやり取りに夢中になってしまっていた。


 いつの間にか周囲の事など忘れて、私たちは話し込んでいた。


「お二人さーん、 受付は営業中ですかあ?」

 その言葉に、二人で慌てて正面に向き直る。

 気が付くと、受付の前に、男女一人ずつの二人の人が立っていた。

「お、何だよ、中嶋じゃないか、お前、どこに行ったんだよ?」

 どうやら、男の人は彼と知り合いの様だった。

「こんにちは、柴田くん」

「そっちは平田さん? 相変わらず中嶋と一緒なの?」

「知らなかったの? 今、私はもう『中嶋』よ?」

「え! 知らなかったぞ! おい!中嶋! 後で聞かせろよな」

 どちらも私は知らない人だったけど、彼はどちらも知り合いらしい。 そして、もう一つ気になった事、今の会話の内容からすると、二人は結婚しているんだろうか? ちらり、と二人の手を見ると、確かに二人とも左手に指輪を付けていた。

 そうなんだ…。 この中学の同級生同士での結婚っているんだ…。その事に、ちらりと、となりに座る彼を、柴田くんを盗み見てみる。中学生の頃の印象は確かに強いけれど、十年の時の刻みがあったのは確かの様で、アルバムに写っていた彼の写真に比べて、明らかに大人になった、そう、何か自信が、逞しさが漂っている様に感じられた。

「そういう柴田こそ、どうなんだよ。となりの月嶋さん、中学の頃、随分と仲が良かったんじゃないのか? それに、お互い地元なんだろ?」

 中嶋君と言うらしいその人は、そんな風に探りを入れてきた。

「あはは。 そうだなぁ、確かに中学の頃、月嶋さんとは随分と遊んだ気がするな。気があったのは確かだよ。 でも、何ていうのかな、少なくともあの頃、俺にとって、月嶋さんは仲間だったな。女性だとか、恋人だとか、そう言う事は思いつきもしなかった、な」

 そう言いながら、同意を求めるように、私の目を見て微笑む彼に、どきん、とした。

 それは、正に当時の私が感じていたことそのものだったから。

「そ、そうね…」

 なんとか、そう返しながら、頬が染まりそうになるのを意識しながら、それでも一生懸命に心を鎮めていた。

 そして、その言葉のうちにあった「あの頃」という言葉、それは何か特別な意味があるのだろうか? あの頃もそうだったけど、今もそうなのだろうか? それとも…。


 余計な希望は持たない。そう決意したばかりのはずなのに、いざ、彼がとなりに来ると、その決意はかなりもろい、そう言わざるを得ない気がしてきた。

 話せば話すほど、その言葉の意味を、その言葉の向こうを知りたくなってしまった。

 確かに、あの頃は、柴田くんを異性として意識する事はなかった。 本当に友達、私が女子としてはちょっと変わっていたのかも知れない。 彼の言葉を補足するなら、当時の私と彼の関係は仲間、という中でも、悪戯仲間であり、友達、という中でも悪友に属する。そんな関係だったと思っていた。

 だからこそ、高校進学で進路が分かれ、お互いの接点がなくなったとき、切なさなど感じなかったし、大して不満も無かった。 ただ、一緒に遊ぶ仲間が居なくなっただけだった。

 まぁ、信頼できる仲間、そんな印象も同時に感じていたけれど、それ以上ではなかった。

 でも、じゃぁ、今はどうなんだろう?彼の「あの頃」という言葉には何か特別な意味が込められているのだろうか?

 それに、最初の「結構美人だな」という言葉。あんな事、中学の時の彼だったら絶対に言わない。なんであんな事を言ったんだろう? もしかして、あの頃と、今、とでは、私に対して感じている事は変わっているのだろうか?

 知りたい、そう思ってしまった。 知ったら戻れない。そうも思った。 けど、既に知らずにやり過ごすのには、もう遅いような気もしていた。 ならば、せめて真っ直ぐにぶつかるしかないのだろうか?

 きっと彼は真っ直ぐな人だ。 それは中学の頃にもそう思った。それに、あの、階段での事、やはり基本的にいい人なのも確かだろう。 少なくとも信じる事が出来る。お互いの思いが重ならなくても、致命的な傷を付け合う事だけは避ける事が出来る。

 そこは信じられると思った。 ならば、お互いの思いがずれていたとしても、それで哀しい想いをするかも知れないけど、耐えられないほどではないかも知れない…。

 きっと、何かが残る。何かを得られるんじゃないか? そう思おうとした。


 そうこうしている内に開会の時間になり、受付名簿でも、予定していた出席者はほぼ揃っている様だった。 幹事からの合図で、私たちは受付を閉めて会場に移動した。



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