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思いがけない事


 よくよく思い返してみれば、微かな兆候はあったのかもしれない。

 けど、結局、私は気が付かなかった…。


 それにしても…。

 もし、運命を決めてる神様がいるとしたら、私はぜひとも文句を言ってやりたい。そのくらいはしてやりたい。 どうして、絶望している間は生きるしかなくて、生きる希望を取り戻したら、残り時間がなくなっているのか…。


 まぁ、生きる希望を取り戻してから、希望にきらめく毎日を過ごすようになってからも、半年は過ごしたけどね。

 それにしても、参ったなぁ…。 やっぱり、私が鈍感だったせいかもしれない。

 けど、ねぇ…。

 さすがに、ちょっと落ち込んだな。 でも、沈黙の臓器って言われるだけあるよね。


 私がさすがにおかしいな、そう思って、医者に行ったとき、最近ちょっとだるい感じがするな、念のために診てもらおうかな、程度だった。 食事もちょっと細くなってたのかもしれないけど、頑張らなきゃ、そう思っていた私は、一生懸命食べて、一生懸命働いた。 そして、目一杯の恋をしていた。

 だから、幸せだった。


 けど、人間なんてあっけない。 私は肝臓がんだと宣告された。


 自覚症状を大して感じてなかった私は、とても楽観的だった。 無邪気に

「手術が必要なんですか?」

 そう訊いた。


 けど、お医者さんは苦悶の表情を浮かべ、すぐには答えてくれなかった。




 あーあ、せっかく生きたい、そう思って頑張り始めたところだったのにな…。


 もちろん、死にたくなんか無かった。

 どうして? もちろん、それは幸せだったから。 もっと幸せな時間を過ごしたかった。

 雅人と出会って、希望を、幸せを感じていたからこそ、死にたくなかった。 もし、雅人と出会う前だったら、本当に何も感じなかっただろう。 それは穏やかな時間ではなくて、虚無の時間だったから。



 けど、私は肝臓がん、余命は三ヶ月程度、そう宣告された時、一番冷静だったのは私。

 そして、絶望したのは雅人。


 最初にその事を雅人に告げた時、雅人の顔は苦痛に歪んだ。 予想していた事ではあったけれど、やはり辛かった。私を救ってくれた雅人を、私が絶望に突き落とす事になるなんて、そんな事は思いもしなかった。 確かに、体はちょっと痛いけど、でも、心は今までと同じに、幸せで満たされている。

 だから、私を救ってくれた雅人を絶望させてはいけない。 雅人が絶望してしまったら、私の幸せは無いも同然。そんな事になったら、私は耐えられない。

 二人で話すうちに、雅人は、絶望の淵に沈みこまず、何とか立ち上がった様に感じた。 けど、私を見て、同情してしまった様だった。 さすがに、今度ばかりは、私も、それをどうして良いのか判らなかった。 だから、最初はお互いに苦しかった。

 でも、気が付いた。 そんなつまらない事で残り時間を無駄にしている暇は無いって。


 だから、私は目一杯に働いて、目一杯に雅人と過ごす事にした。

 その為に、私と雅人は予定より大分早かったけど結婚した。 披露宴はなし。

 親戚とごく親しい友達だけを招いての式だけ。

 ヴェールをあげて、誓いのキスをした時の雅人の瞳に溜まっていた涙は喜びの涙ではなかったかもしれない。けど、私の涙は喜びの涙だったんだよ? 伝わってるかな?

 そして、私たちは二人の家を借りて、二人だけで住んだ。

 正に夢のような生活だった。 夜寝る時は雅人の温もりに包まれて、朝起きる時は、雅人の鼓動を感じている。

 会社には残り一ヶ月働いて、任された仕事に切りをつけて退職する、そうお願いした。

 一部の上司などには、病気のことを話したけれど、大半の職場の同僚には自己都合での退職。そう話した。 そして、職場でも時として体調を崩すこともあったけど、事情を話した一部の人にお願いして、休憩することが出来るようにしてもらっていた。

 ちょっと余裕をみた事もあるけれど、予定通りに仕事を片付け、退職した。

 一部では子供が出来たんでしょ? なんて噂も流れたけど、苦笑するしかなかった。


 そう。ちょっと残念なのは、もう、私が子供を生む事は不可能ってこと。 もう、私にはそれだけの時間は残されて無かったから…。 時として思ってしまう事はあった。雅人の赤ちゃんを産みたかったな…。 やはり、それはちょっとした心残りだった。

 けど、やっぱり、最大の心配は雅人本人だった。


 だから、最初のうちは、すごく残酷かもしれないけど、でも、心を鬼にして、雅人には約束させた。絶対に生きて。私という過去に囚われないで、きちんと未来を向いて生きて。

 雅人は大分渋ったけど、でも、最後は約束してくれた。

 だから、生きてくれるはず。 そして、新しい幸せを見つけてほしい。 私の事を忘れるかどうか、それはどちらでも良かった。 というか分かっていた。もう、私と過ごした時間は雅人の一部なのだから、なくなってしまう事はないんだ。ってね。



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