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二人で生きる


 そうやって、人生を取り戻した私は、とても明るく、元気になった。 まぁ、基本的には雅人と付き合い始めたときからの事で、その度合いが上がっただけだとは思う。そして、それは元々の性格が表に出てくるようになっただけ、って面もあるはずだけど。

 敢えて理由を言うなら幸せだから。 基本的にラブラブで、バカップルな私たちは、仕事でもパワー全開だった。私はいくつかのイベント企画を担当していた。次のビッグな企画はクリスマスだった。もちろん、まだデパート全体のクリスマス企画をまとめるのは、私なんかじゃないけれど、私が担当する売り場に関しては、私が企画の立案、準備を担当する事になった。

 雅人も相変わらずで、残業もめいっぱいだった。 だから、お互いに遅くなってしまい、途中で落ち合って一緒に帰る、なんて事も出来た。

 けど、私たちにとって、休みの日はちょっと問題だった。

 私が仕事に打ち込めば打ち込むほど、雅人と会える時間は限られていった。 どうしてか、と言えば、休日が彼とずれる事が多くなったからだ。 デパート勤めの私は、その仕事に深く関わるほどに、土日が休みとは限らなくなった。むしろ、半分は出勤だった。その代わり、平日に休むのだけど、雅人が一日中会社に行っている平日に休んでも、する事が思いつかずにぼへーっと本を読んですごすか、近くの公園をうろうろするくらいだった。

 そんな休日は退屈だった。一生懸命に本でも読もうとしても、全く集中できずに、何度も同じページを読み返したりした。

 とはいえ、大体、土日のどちらかは休めたから、一週間に一度はデートしてたのも確かで、だとすれば、不満なんか言うのは罰が当たるかもしれなかったけど。 それに、雅人は、出来る限り、私の休日に合わせて休暇を取って、一緒に遊ぶ、何て事をしてくれたので、そんな日はとても楽しく過ごすことができた。


 あの電器屋さんは、私たちの家のほぼ中間地点にあって、デートの待ち合わせ場所として重宝していた。 階段を上がって、売り場に入ると、目の前が携帯売り場、そこに置かれてる携帯電話で遊ぶ事が多かったけど、ちょっと奥まで行って、カメラを見たり、パソコンを見たり。

 時には家電のコーナーで、冷蔵庫を見たり、テレビを見たりした。 もう、雅人と二人で暮らすことを妄想していても、悪夢に邪魔される事はなかった。 それはそれで、突然、冷蔵庫の前で立ち止まり、二人で暮らす夢に、妄想にはまり込んで微妙ににやついてしまう、なんて言う、かなり恥ずかしい状況も生じさせたので、少しばかりの注意が必要なのは確かだったけど。

 そんな時は、大抵は雅人が脇にいるのだけど、そして大体は、私が妄想に浸っていると、適当なところで現実に引き戻してくれるのだけど。 でも、ときとして、雅人まで一緒になって妄想の世界に入り込んでいる事があるので、油断は禁物だった。

 まぁ、どちらにしても、結局は照れてしまうことに変わりはなかったけれど…。


 その日も、テレビの前でうっかり妄想の世界に入り込んでいると

「おいおい、何ニヤケてるんだよ」

 そう言いながら、目の前で手をひらひらとされた。 そう言う彼だって、少し前までは一緒に妄想の世界に入り込んでいた癖に、先に現実に戻って余裕があるのか、ちょっと余裕の笑みって感じだった。 それが何だかちょっと悔しくて、反撃することにした。

「そうね。 私たちが一緒に暮らす様になったら、私たちは何を見るのかなぁって思ったの」

 そう言い、雅人を見て思いっきり微笑んであげると、彼は急に真っ赤になってうろたえた。

「な! な、なに考えてるんだよ…」

 そのうろたえぶりはとても判りやすくて、周囲の注目を集めてしまった私たちは、結局、二人でそこから逃げ出した。

 そんな、バカップルに磨きがかかってしまった私たちは、また、いつもの公園に向かった。

 電器屋さん、そして次に公園。その間にたこ焼き屋さんに寄るかどうか、はあるけど、基本的にそれが私たちのデートコースの定番になっていた。


 その日は、まっすぐ公園に向かい、二人で並んでベンチに座って話し込んだ。 二人で話すことが、ただ一緒に話すだけで、こんなに楽しいなんて、以前だったら考え付きもしなかったかもしれない。 特に最近は、もう私には彼に隠したい事なんて何もなかったから、全てを共有したかったから、これまでは一生懸命に避けてきた短大時代の事も積極的に話していた。

 実は、そうやって話してみると、悪夢の時代だと考えていた短大時代だって、実は楽しい事だってあったこと。そして、あの悪夢でさえ、よくよく考えれば、その時に私を応援して、助けてくれた人たちがいた事。 私が悲しみに沈んで、周囲なんか目に入らなくなっている時に、私をそっと、でも暖かく見守ってくれていた人たちがいた事に気がついた。

 だからこそ、あの裁判は勝てたのだし、その後、あんな目に合ったことがあまり広まらずに、本当に優しい人たちの間だけの秘密として、私が周囲から色眼鏡で見られないように、最大限に私を助けてくれた人たちが幾人もいる事に改めて気がついた。


 そうなんだ、結局、私って結構幸せなんだ。

 そんな現金なことを考えられるようにさえなっていた。 まぁ、それもこれも、そんな事を考える事が出来るほどに雅人が私を支えてくれたから。 そして、雅人が私の話を聞きながら、要所要所で質問してくれたから、その答えを考えていて気がついた、って事もあった。 まるで、そのことに気がつく様に雅人に誘導されたんじゃないだろうか? なんて事すら思った。 だから、本当に雅人がいたからこそ、だとは感じていた。 とにかく、その時私は、あの悪夢の事件以来、初めてきちんと周囲を見回すことが出来る様になった気がした。

 そんな事を雅人に話すと、自分の事は照れてしまって「よせよ」なんて言ってたけど、あの事件の時に、私を助けてくれた人に感謝したい、そんな事を言った時、雅人は本当に優しく温かい笑顔で私を励ましてくれた。

「そんな風に言える遥は本当に優しいな」

 その言葉は私を勇気付けた。ただ、人に支えられるだけじゃない、私も人に何かを返せるかもしれない。いえ、返したい。

 そんな気持ちが心の底から湧きあがってくる気がした。



 二人でベンチに座ってそんな事を話していると「ニャー」と鳴く声がした。

「え? 猫?」

 二人でそんな事を言いながら、視線をそちらにむけると、確かに猫が居た。

 その猫は私たちを怖がりもせずに、むしろまとわりついた。頭を撫でると、気持ちよさそうに喉を鳴らしたりして、猫の癖に、人見知り、という事をしない様だった。

 けど、気が付いてみると、その猫は結構弱っている感じで、放置する訳にはいかなかった。だから、二人で動物病院に連れて行った。 診察結果としては、ちょっと栄養失調で体力が落ちている状態。柔らかいものを食べさせて休ませれば元気になるだろう、という事だった。

 結局、どうという事でもないけれど、その日は、その猫の世話をしてすごした。

 近くのドラッグストアで猫の餌を買って食べさせた。雅人は缶詰の中身を自分の手に乗せると、猫の口の前にさしだして食べさせていた。自分の手がぐちゃぐちゃになってるのに、まるで気にしてない様だった。

「優しいのね…」

「あはは、ずぼらで、抜けてるだけさ」


 そんな事を言ってたけれど、でも、その猫に向ける眼差しはとても優しい感じだった。

 そして、行きがかり上、どちらかが飼うことにしよう、という話になった。 まぁ、どちらでも良かったのだけど、私のお母さんの「猫、欲しかったのよ」と言う言葉が決め手となり、私の家で飼う事にした。

「じゃ、この猫にはマサトって名前をつけるから、私が雅人に大事にされてる間はこの猫は大事にするけど、雅人が私をほったらかしにしたら、イジメちゃうかもね」

 おどけて、そんな事を言った。

「おいおい…」

 雅人は、そう言ったけれど、私が本気じゃないってこと、そもそも、そんな事を心配してなんかいない、って事は感じてくれている様だった。

 だって、そう言った時の雅人はとっても、楽しそうに笑っていたから…。

 後に、その猫は私の代理として思いがけない活躍をするのだけど、その時の私たちは、そんな事は知る由もなかった。



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