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悪夢と現実


 けど、駅近くのアーケードに差し掛かった時、全く予想しなかった声に呼びとめられた。


「お。 遥じゃないか。 久しぶりだな」

 その声には聞き覚えがあった。 そして、二度と聞く事は無い、そう考えていた声だった。


 一瞬で現実に引き戻された。 いや、現実なんだろうか…。 悪夢の続きだろうか?

「あ…。 お、大沢…、 どうして…? どうして、こんな所にいるの…」

 全身から力が抜けそうだった。 やっと解放されると思っていた悪夢が、今、目の前で私を捕らえようとしていた。

「ふん。 ごあいさつだな。 おまえのせいで、この四年間、俺がどんな目に合ったのか」

 その男は、かつては恋人と慕った事もある男だった。大沢は、ぎらぎらとした視線で私の全身を舐めるように視線を這わせていた。 全身に恐怖が蘇った。 もう忘れることが、消すことが出来た、そう考えていた悪夢は、大沢の視線で、恐ろしいリアルさで蘇ってきた。

 怒りと、恐怖と、絶望。そんな感情が混ざり合い、全てを奪われ打ちのめされる。その記憶が蘇ろうとしていた。

 傍らの雅人の存在を確認しながら、必死に気持ちを奮い立たせ、悪夢を振り払おうとした。こんな形で、こんな奴の口から、私の過去が暴かれたりしたら…。

 雅人は不思議なくらいな無表情で大沢を見詰めていた。 が、突然、話し始めた。


「あー。 どこのどなたか知りませんが、我々に何か御用ですか?」

 それは拍子抜けするようなとぼけた口調と内容だった。


 そんな雅人のとぼけた口調が大沢の癇に障ったのか、矛先が雅人に向いた。

「あん? 誰だおまえ? 遥の新しい男か?」

「はい。 遥さんは、僕の恋人だと考えています」

 相変わらずのとぼけた口調は、クールダウンする事を狙っているのか、それとも相手を挑発しているのか…。 大沢はそれを挑発と取った様だった。

「はあん、それはめでたい事だな、じゃぁ、めでたいついでに、以前の遥の恋人の俺様が、遥の、このオンナの事を教えてやるぜ!」

「大変ありがたい申し出ですが、私たちの間で必要な事は、私たち二人で話し合いますので、あなた様のお手を煩わせる必要はありません。 出来ますなら、お引取り願えませんか? そして、二度と私たちの目の前には現れないで欲しいのですが?」

 相変わらずのとぼけた口調だったけど、その内容は明確だった。 いつの間にか、私を後ろに庇うように、私と大沢の間に昂然と直立していた。

「は! なにとぼけた事いってんだ。 このオンナはな、てめえの子供を殺したんだぜ!」


 その告発に、ひざの力が抜けてしまった。 それは嘘とは言い切れなかった。 言い訳したい事は山ほどあるけれど、その一点に関しては、事実だった。

 私は雅人のすぐ後ろで崩れ落ちた。

 もうダメだ、やっぱり私は幸せになんてなれない…。

 思い出したくなかった。雅人になら知られても大丈夫と思った。 けど、知られたくなかった。それも本当だった。 ついさっき、生きる喜びを手に入れた、そう思っていたけれど、その喜びが目の前で消えていくのが見えるようだった。

 私は、また全てを失ってしまうのだろうか? 雅人は…、雅人は私を守ってくれる、そう信じているけれど…。

 けど、私の過去を本当に受け止められるだろうか? この穢れた過去を認めてもらえるのだろうか…。


 私は、もう立っている気力も、話す気力も失ってしまったけれど、その大沢の言葉に、雅人は対決姿勢を露わにした様だった。 雅人の口調がガラリと変わった。

「あんた、大沢、だっけ? フルネームは?」

 底冷えのする様な、何か冷たいものを首筋に当てられる様な声音だった。 ドキリとしながら、雅人を見たけれど、大沢の方を向いていたので、その表情は分からなかった。

 けど、それが、雅人が激怒した時の声だ、という事をあとで知った。

「な、何だよ、急に」

 大沢は、雅人の声音に気圧されたのか、勢いをなくした様だった。

「俺は、名前を訊いてるんだけど?」

「どうして名前を教える必要があるんだ」

「遥を傷つけた。 その罪であんたを告訴するために必要だからだ」

「ば、ばか言え! そんな事できるもんか!」

 告訴する、その言葉に大沢は怯んだ様だった。

「そうかな? まぁ、法学部出身の連れに相談してみるよ」

「でもそうだな。あんたが、もう金輪際、遥の前に姿を現さない。その条件を呑むなら、告訴するのは考えてやる。 見てるだけで不快だからな」

「お、おまえの指図を受けるいわれは…」

 大沢は、怯みながらも、言い返そうとしていたけれど、雅人は容赦しなかった。雅人は知る由もない事かも知れないけど、雅人の攻撃は実に的確だった。 私をレイプした犯人との共謀関係にある、という事で訴えられ、刑務所に入れられた大沢は、もう一度そこに逆戻りする、その可能性を突きつけられ、怯んだようだった。

「別にどっちにしろ、とは言ってない。 二度と俺たちと関係しないのか、それとも告訴され、刑務所に行くのか、どっちを選ぶのかは、あんたの自由だ。 とにかく、もう一度、遥の、俺たちの前に現れたら告訴する」

 一気にそう言いきり、そのまま相手を見ていた。


 しばらく、大沢は私たちを見比べ、雅人に向かって何かを言い返そうとしている様だったけど、やがて

「ちっ。 おまえらなんかに関わるとろくな事がない、こっちから願い下げだ」

 そう言うと、早足に立ち去って行った。


 幸いなことに、それが、私が大沢を見た最後の瞬間となった。



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