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欲望


 結局、席に着いた二人が最初に注文したのは

「ビール! ジョッキで二つ!」

 その後も「ポテトいいねえ」「枝豆ないの?」「オヤジー」「やっぱ唐揚でしょ!」などとどうでもいい注文の応酬をして、二人とも二杯目も生ビールだった。

 そして、まずは彼の今やってる仕事の事、その中でも苦労してる事について話してくれた。

 私も、今担当している仕事の事、自分で色々考える事がやりがいがあるって事、そう感じるのは初めてだって事、そして、そうやって、自分の意見を仕事の中で通そうとすると、色々と大変なんだな、って事を話した。

 そう、最近になって、やっと気がついたのだけど、やはり、組織の中の色々な部署の間では対立の感情があったり、グループにも対立関係が微妙にあったりして、理屈に合わない中傷とも思える事に対処しなければいけない、とか。 普通に仕事をこなしていれば、とっくに気が付いていただろう事に、就職五年目にして、やっと気が付き始めた処だった。そして、そんなやりがいのある事、嬉しい事、腹立たしい事、それを雅人に対してぶつけていた。

 ふと気が付くと、私がなんだか、一人で熱くなって話してた。そんな私を、雅人は苦笑しながら、いつの間にか聞き役になっていた。そんなに酔っ払ったかな? などと思ったけど、思えば、中学の頃から、私が熱くなって、あーでもない、こーでもない、と不満を言い始めると、彼は適度に相槌を打ちながら、私に全部言わせてたな。 そう言えば、中学の頃、ちょっと不満とか文句があると、雅人を掴まえて、感じてる色んな事を雅人にぶつけてすっきりする。そんな事をしていた覚えがあるかも…。

 なんて、ちょっと思い出していたら、雅人は苦笑気味に言った。

「あはは。 熱いなぁ。 遥は変わらないな、なんでも、全力でぶつかってるんだな」

 ちょっと、何もそんなに前向きに解釈しなくても…。 と恥ずかしくなってしまった。けど、続いて雅人が熱い口調で言った言葉は…。

「俺はさ、臆病でさ、だから、とりあえず、色々勉強したよ。これで十分なのかな、他にはないのかな、って、気が付いたら大学院まで行ってさ。

で、いざ就職したら、笑っちゃうことに、それまで一生懸命に勉強した事と、あんまり関係ない仕事なんだよね。 ちょっと悩んだ事もあったけど、でも、思い直したんだ。

それでも、学生時代に勉強した事は決して無駄じゃない。そのこと自体は直接は役に立たないことが多いかもしれないけど、でも、そんな事を身につけるために、目標の為にがんばるって事、そう、とにかく頑張る事を学んだ。実はそれが一番大きいのかなってね。

まだ、俺なんて就職して二年目、本当にぺーぺーで、まだまだだけど、でも、がんばり続ければ、きっと何かを手に入れられる、頑張る事が大事。ってさ」

 今度は、私が苦笑する番だった。

「あはは。 雅人だって、十分に熱いじゃない」


 何だか、中学校の校庭の片隅で、放課後、部活の後だったか、真っ赤な夕焼けを見ながら、二人で似たような事を話し合った覚えがあった。 あの時、何だか青春だなぁ、なんて思ってた気がするけど、何の事はない、十年経っても私たちは十分に青春してる様だった。

 他にも、七夕祭りの事を話した。

 中学生の頃、みんなで出掛けたのに、気がつくと二人で走り回ってたよね、雅人、射的がうまかったよね、でも、輪投げは私の方が上手だったよね、とか。 そして今年は、もう終わっちゃったけど、来年は二人で行こうね。 そんな事を語り合った。

 そう。来年はきっと二人で七夕祭りに行く。 中学生の頃とは違った喜びがあるに違いない、二人でお参りもするだろう、何を祈ろうか? 二人の関係? 私の夢? 雅人の夢? それとも、二人の幸せ? どれも大事で、どれかだけ、なんて難しい。 けど、どうしても一つだけ、そう言うんなら、雅人の幸せかな?

 私自身の幸せは私が、だから私が祈るのは雅人の事。でも、きっと雅人のお祈りも似たような事に違いない。そんな事を誰かに言ったら「惚気るんじゃない!」そんな風に言われてしまうかもしれない。確かにそうかもしれない。 でも、きっと本当のことだと思った。

 とにかく、私たちは約束した。

「来年は、二人で七夕祭りに行こうね」

 二人とも満面の笑みで、そう約束した。


 そうして、思い出の事、これからの事、色んな事を話しながら、やっぱり雅人はいいな。そう思った。こんな風にお互いの仕事や思っている事を熱く語り合ったり、嫌な事でも、私にとって人に言うのが恥ずかしい、そう感じる事でも割と抵抗無く話してしまうことが出来る。

 どうしてだろう? 好きな人には、自分の色んな欠点や嫌なことってなるべく知られたくないって思うんじゃないだろうか? けど、その辺は、私はゼンゼン違ってる。 もしかして、実は私は雅人を好きって訳じゃない?

 一瞬、真面目に考え込んでしまったけど、考えるまでも無い事だった。だって、じゃぁこの胸の動悸は、毎朝のときめきは、そして、待ち合わせでの待ち遠しさは何だったの?

 うん。私が雅人を好きなのは、何ていうか考えるまでもなくて、もう、自分で言うのも恥ずかしいけど、好きじゃない、なんてあり得ない。


 じゃ、どうして?

 もしかすると、さらに一歩踏み出していたのかもしれない。悪戯仲間、悪友。そんな、異性としてではなく、まるで同性の様な位置関係にいた過去もあった為か、お互いに、どんな事でも真っ直ぐにぶつかりあえると感じていた。 二人の間には隠し事は必要ない。まぁ、知らせる必要も無い様なことっていうのもあるだろう。 けど、まず基本として、私と雅人、二人の間に秘密は必要ない。そう考え、それを信じることが出来た。

 そんな信頼関係になるっていうのは、多分、普通はかなり苦労することかもしれない。けど、私たちの基本はそこにあった。 そして、そんな関係だけじゃなく、気が付かない内に、別のところから男と女としての想いが生まれていた。

 そして、その信頼と想いが同じ相手に対するものだと後から気が付いた。

 言葉で、私と雅人の関係を整理して考えると、そんな事かもしれない。 でも、そろそろ、私は、二人の関係について、頭で考えるのはめんどくさくなっていた。


 気が付くと、お店に入ってから、そろそろ二時間が経過しようとしていた。まだまだ話したくて、帰りたくない。雅人と一緒に過ごす時間は夢の様だった。

 けど、そんな私を現実に引き戻すかのように、私の携帯が鳴った。 もう深夜一時になろうと言う、こんな時間に一体誰だろう?そんな事を思いながら、相手を確認した。

 それはお母さんだった。 そう言えば、今日、こんなにも遅くなる事は連絡してなかったな、そんな事を考えながら、電話に出た。


 そして、恐らくは、初めてお母さんに嘘をついた。今日は仕事が一段落できた。これは本当。だから、みんなと一緒に飲みに行った。そこからは、みんな、を雅人、に置き換えると嘘じゃないかもしれないけど…。 後はみんなで飲んでいるうちに時間を忘れた。明日は休みで、まだもうちょっと一緒にいるつもり、今夜は帰れないかも知れないけど、大丈夫だから、心配しないで。そう言って電話を切った。

 まぁ、本当のことをありのままに言っても、お母さんは「うん、わかったわ」そう言うだけだったかも知れないけど…。 なにせ、私が男の人と二人きりで、深夜の街をうろうろする、そうしたがるなんて、それは、私が心を、希望を取り戻してきてる記しだから…。 だから、きっと、心配しながらも、心配よりも、期待の方が大きいかも知れない。

 そして、多分、今、私が付き合ってる人、雅人の事については、それなりに気がついている様だった。 最近は、時折、あの卒業アルバムを開いては「ねぇ、柴田くんってどんな子だったっけ?」とか「柴田くんって、時々、家に遊びに来てた、あの男の子?」などと、お母さんの記憶のかぎりで雅人の事を思い出そうとしている様だった。

 中学の頃、なんだかんだで、一緒に遊ぶ、というか悪戯する、そんな事をしながら二人で走り回る時間が多く、時として彼を連れて私の家まで帰った事もあったかもしれない。あの時は、本当に悪戯仲間で、悪友で、ロマンスのかけらもなかったけど…。

 でも、そんな時間の記憶もまた、今の私たちにとっては宝物の一つだった。

 とにかく、お母さんも、雅人に関しては多少は記憶の欠片はある様で、やんちゃだけど、真っ直ぐな感じ、という印象を持っている様だった。 とにかく、私が雅人の話をすると、にこにこと微笑みながら聞いてくれていた。


 そして今、私はお母さんからの電話に微妙に嘘をついて、一晩を雅人と過ごす、その時間を手に入れた。それを脇で聞いていた雅人の反応は、見ていた楽しかった。

 最初、電話が親からだと分かった時点では、明らかに落胆していた。でも、私が今日は帰れないかも知れない、そう言っているのを聞いてからは、複雑な感じだった。最初は、単純に驚いていた。そして徐々に、喜びの表情が混じり始めて行った。そして、次第に私を見る視線には先ほどから時々感じていた、まとわりつく様な男の視線が混じり始めていた。

 そんな視線に熱い想いを感じながら電話を切ると、軽い感じで、懸命におどけながら

「へへ、嘘ついちゃった。 もう、今日は帰れないかも」

 そう言って、自分でも分かるくらいに顔を火照らせ、潤んだ視線で雅人を見つめた。



 まだまだ、そのお店で話し込んでも良かったけど、お母さんからの電話をきっかけに、私たちはお店を出た。

 お店を出た後も、二人とも、家に帰りたい、帰ろう、そんな事は言わなかった。 雅人の、私を見る目が、今までに無い視線になっている事も感じていた。 全身を舐めるように、そしてまとわりつく様な視線は、それが雅人以外の誰かの視線だったら、ゾッとして、セクハラで訴えてしまいそうな、そんなねとつく様な視線だった。

 けど、そんな視線も雅人からだと思うと、逆に嬉しかった。 私は彼に求められている、そう感じると、不思議なくらいに興奮した。私の中に妖しい炎が燃え上がるのが分かるような気がした。きっと、私が彼を見る視線も似たような視線なんだろう。そう確信していた。



 その後は、近くの川沿いにある並木道を歩いた。

 そろそろ秋へと変わっていく満天の星の下で、雅人と抱き合い、濃密なキスを交わした。抱き合ったまま、お互いの唇をむさぼり、自分の舌を相手の舌に絡み付けた。

 もう、キスだけでは終われない。そんな確認だと感じた。


 夢見るような気持ちで、ふわふわと、半ば漂うような気分で、雅人と手を繋いで歩いた。

 熱い視線でお互いに見詰めあいながら、歩いていった。 これから、どこに行くのか、それは分からなかったけど、何をしようとしているのか、それだけはお互いにはっきりと分かっていた。 その瞬間、二人とも、それ以外の事は頭になかったと思う。

 私たちにはたっぷりと時間があった。 だから、急ぐ事もなかった。 まるで漂うように、雲の上を歩くような気分で、心地よく火照った心と身体を感じながら歩いていた。



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