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プロローグ


 私、幸せだよ。

 それは本当に、本当だよ。





 私は月嶋遥。


 昔、短大をやっと卒業した頃、あの時は本当に不幸のどん底だった。


 どれだけどん底かって言うと、不幸だとか、ついてないとか、そんな事は考えて居なかった。ただどうでもよかった。

 でも、だから生きることが出来たのかもしれない。自分の不幸を考え始めたら止まらなかっただろう。きっと、死んでしまおうと考えただろう。

 あぁ、そうか。

 だから自殺なんかしたのかも知れない。

 失敗しちゃったけど。

 けど、その後はもう、私は気持ちなんて面倒くさいものを捨て去ったから、だから、死なずにいることが出来た。 もう、気持ちなんていらない。どうせ痛いだけだから…。



 とにかく。

 やっと短大を卒業した私を、父親がコネを使いまくって、なんとか現在の職場に押し込んでくれたのが約四年前だった。

 その時、私は未来に何の希望も持っていなかった。そりゃあ、一年余分にかかって、様々な事をお目こぼししてもらっての、ぎりぎりでの卒業。そして、コネで押し込んでもらう。そんな状況で、そんな自分に希望を持て、という事には無理があるかもしれない。

 けど、それならそれで、そんな状態でも職に就けるコネがある、という状況に大いなる希望を持つべきなのだろう。世は就職氷河期真っ最中で、立派に大学を卒業した人たちですら就職難にあえいでいるのに、何のとりえも無い、やる気も希望も持たない私のような人間がぽっと就職出来てしまうなんて、本来なら有り得ないくらいに幸運なのだろう。

 そして、その仕事を失わないようにしよう。仕事にやりがいを見つけようとか、もしくは素敵な男性と知り合いになれないか? とか何かしら希望を探そうとするのが普通の人間じゃないだろうか?

 普通は、生きていくのには希望が欲しいから。

 でも、その時の私はそうじゃなかった。

 希望なんて欠片もなかった。

 何の希望も感じてなかった。何より希望を持とうとは思わなかった。

 そもそも、生きていくって事自体の必要性すら感じてなかった。

 別に何時死んだってかまいやしない。ただ、両親が悲しむのは理解していたので、まぁ、少なくとも両親が生きてる間は生きていようかな。 それもかなり面倒だけど、自殺する、というのもかなり面倒だった。一度失敗して、自殺は諦めた。

 そして、その時に両親と約束した。まだ死なない。少なくとも両親よりは先に死なない。そう約束させられた。それも面倒ではあったけど、まぁ仕方が無い。そう考えた。

 そう、両親との約束があったから、面倒だけど仕方無く、ただ死ぬのを先延ばしにした。

 何の希望も、感情も、持たない。

 ただ食事して、呼吸して、排泄する。 その繰り返し。

 まぁ、慣れてしまえばさほど大変なことでも無かった。

 それでも、面倒くさいことにかわりはなかったけど…。




 時として、お母さんは、そんな私を一生懸命に説得しようとした。

「生きていれば、その内、きっといい事があるから。 必ず、生きてて良かった、そう思える時がくるから」

 お母さんが、その、自分の言葉をどこまで信じていたのかは分からない。 私は、と言えば、もちろん全く信じてなかった。「いい事」ってなに?「その内」っていつ? それが言葉ばかりで、具体的なことが何も無い事に、最初は苛立った。

 けど、出来ない事を無理に求めても仕方が無い。本当にそう言う事があれば、お母さんだって、私だって多少は救われたのかもしれない。 けど、それは多分に私の気持ちの問題だったし、私自身にそのつもりがない以上、お母さんがどんなことを示そうが、何が起きようが、結局は何も無かったのと同じだろう…。

 つまりは少なくともその時点では、その言葉が本当の事になる可能性は全く無かった。それを私自身がよく理解していた。

 お母さんの言葉が、何とか私を立ち直らせたい、何とかもう一度希望を持つようになって欲しい、そう考えての言葉なんだという事。その事は理解できた。だから、あからさまに否定するような事を言うのも大人気ないと考えた。

 けど、それでも、私自身が全くそんなつもりにはなれない事も確かだった。 だから、その言葉は全く私の心に染みて来なかったし、希望など持とうとは思わなかったし、過去を思い出しかねない事は避けたかった。 そして、何より面倒くさかった。

 だから。

「だといいわね」

 と、否定はしないけど、信じてもいない。そんな返事を繰り返した。

 その度にお母さんは、苦しそうな、悲しそうな表情をした。 けど、それ以上は言葉を重ねることはしなかった。 お母さんとしては、もどかしかったかもしれないけど、それでも、それ以上言うと、私と言い合いになる事を感じていたのだろう…。

 それ以上、お母さんに言われたら、私はきっと言ってしまっただろう。

『いい加減にして』

『私と同じ目に遭ったことなんて無い癖に』

『私の気持ちなんか分からない癖に』

『生きてくのなんて面倒くさい。死なせて』

 言ってはいけない、どんなに頭で理解していても、きっと私は言ってしまうだろう。

 そして、お母さんも、そんな私の事をなんとなく感じてしまうのだろう、私に決定的な言葉を言わせてしまう、それだけは避けたい、そう思っていたのだろう。

 だから、お母さんはもどかしい思いを感じながらも、それ以上は踏み込めなかっただろう。

 踏み込んで、今の危うい状況を破綻させてはいけない、そう考えているのだろう。もう、何年も前のことだから、などという楽観的な観測が通用しないことは感じていたんだろう。



 どうしてそこまで人生を疎んでしまったのか? 一応、原因はある。

 私なんか生きていても仕方がない、どうせだれにも望んでもらえない。

 短大に入って、初めて出来た恋人によって思い知らされた。 そう、私はその男を好きだったけれど、向こうはそんなに私を想ってくれていた訳ではなかった。 そして、あるとき思い知らされた。私が希望なんて持っても仕方ないんだって事を。

 そのとき、私は暗闇の中に取り残され、何も頼れるものがない状態で見放されてしまった様に感じた。そして、誰も手を差し伸べてなんかくれないんだ。そう思った。

 いや、もっと酷い。もし、誰かが手を差し伸べてくれたとしても、それは私を助けるためじゃない、私を利用して何かを企んでいるだけなんだ。 その手をとってしまうと、絶対にろくなことにならない。もっと酷い事になる。だから希望なんて持つと却って酷い事になる。

 そんな考えを持つ様になってしまった。


 どうしてそんな事になってしまったのか? そんな事を思わせる男が、どうして恋人だったのか…、いや、恋人と思ったのか…。私は恋人だと信じたかっただけかも知れない。 もう、今となっては信じられないけど、とにかくその時、私が彼に夢中だっただけ…。

 そして、私は自分の想いだけを拠り所に彼を信じて、必死に耐えようとした。 けど、彼はそんな私の気持ちを徹底的に打ち砕いた。

 そう。それまでの私なんかが想像出来ないくらいの悪夢に出会い、何とか立ち直ろうともがいていた私を、彼の言葉が徹底的に打ちのめした。

 それが具体的に何だったのか? その事に関しては、せっかく思い出さないようにしているのだから、考えさせないで欲しい。少なくとも、今はまだ、ただ忘れさせて欲しい。今、無理に向き合うことは不可能。また死にたくなるから…。

 そっとしておいて欲しい。

 それが、最大の、そして唯一の望みだった。



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