1章第1話
激痛から解放された煌夜は怒るのも忘れて、慌てて少女に駆け寄る。
「お、オイ。大丈夫か?」
少女の顔は先程のあらゆる感情が欠落したモノではなく、今にも死にそうに浅い呼気を繰り返していた。
「えーあー、どっ、どうしよう!?」
とりあえず少女を揺さぶる。
症状が悪化するとかは一切考えている余裕はなかった。
「オイ、ホント大丈夫かお前」
よく見ると少女の着ている服は医者や、手術を受ける患者が着るような淡い青の白衣だった。
「……お前、病院から逃げてきたのか?」
気絶しているのか、あまりにもしんどいのか応答はない。
額に手を当てる。思わず手を離してしまう程の高熱が宿っていた。
病院に連絡しようと考えたが、そもそも暑苦しくて外に散歩していただけでケータイを持ってきていない。
(ああクソ! 携帯のくせに必要な時に無いなんてどういうことだこらー!)
そんなことを思いながら少女の苦しそうに上気している顔を見る。
放って公衆電話探しの旅に出かけるのはどうかと思うし、それに公衆電話が見つからないという可能性もある。
病院に連絡でき、そして少女をほったらかしにもしないという条件を満たさない解決方法を削除していく。
「連れて帰るしかねえよな……」
たった一つ残った解決方法を口に出して、苦しそうにうなされている少女を見る。
その次に、そういえば彼女が無表情で攻撃してきたのはどういう理由からだろうと考えて止めた。
どうせ病院に連絡して連れ帰ってもらう間の関係に過ぎないし、少女が目を覚ますまでは本当の理由などわかる筈もないという理由からである。
◆◆◆◆◆◆◆
蓋を少しずらして弱火で煮る。
鮭入りの特製お粥を作っているのだ。
別に煌夜が食べる訳ではない。
食べる(予定)なのはようやく息が安定してきた少女である。
なぜまだ少女が居るのかというと、病院に連れて帰らせる、という目的の達成を成し遂げるには少女から病院の名前を聞き出す必要があるからだ。
ちなみにおかゆを作っているのは親切心からである。
時刻は既に午前二時。
台所から顔を出して、今時珍しい畳の居間に敷いている布団を見る。
そこには不快そうに顔を顰める少女が眠っていた。汗の所為でべっとりと肌に張り付いている白衣が気になるのだろうか。
少女の銀髪は光の加減でピンク色に変わるらしく、今の少女の髪はピンクだ。
(けど、もっとしっくりくる色があったはずなんだけどなあ)
思いながら少女から目を離す。まだ起きそうにない。
少女の親は心配しているのだろうが、しかし、こんなにしんどそうにしている少女を叩き起こして、電話番号を訊き出すのは気が引ける。
煌夜はお粥を作ったあと、台所で眠った。
◆◆◆◆◆◆◆
痛みで目が覚めた。
硬い床で寝たからか、身体の節々が痛い。
時刻は午前七時二〇分。
部屋を出る時間はギリギリまで伸ばすと八時一〇分。
そんな計算をしながら腰の辺りを揉んでいた煌夜を少女は見つめていた。
煌夜はそれを気配で気づくと怯えさせないように笑顔を向け、
少女との言語の壁を越えたコミュニケーション――即ちパントマイムをする。
まず、少女のことを指さし手を倒す。
そして、自分のことを指さしさっき倒した手を持って――。
「あー。わたしは日本語話せるよ?」
真に申し訳なさそうに少女はそう言う。
猛烈に恥ずかしいという気持ちがせり上がってくるが、ポーカーフェイスを決め込み、問う。
「んで、お前はなんで俺のこと襲ってきたわけ?」
「ん? 襲ってきた? って何のこと?」
不思議そうに首を捻り言う少女に怒鳴る。
「はあ? お前裏路地で襲ってきたじゃねえか! 能面みてえな顔してッ!」
少女は理解不能といった顔をして煌夜を見ている。
ふとした疑問。
あれだけ熱を出してあれだけ苦しそうにして、あの無表情はなんだったんだ?
まだあの少女と今、目の前に居る少女が別だと言われた方がしっくりくる。
「ホントに、覚えてえねえのか?」
「うん。ごめんね」
「まあいいけどさ……あーそれより、お粥食う?」
またまた、小首を傾げる少女。
確かに外人さんには馴染みがない食べ物だろう。
台所に行き、お粥を温めなおし出してやる。
好奇心旺盛な瞳をキラキラさせてお粥を見る少女。
「おー! これが噂に聞く食べ物!?」
少女はスプーンをグーで握ってお粥をかき込む。
「食べ物を噂に聞くって何?」
訊いた直後。
ぶーー!
お粥が熱かったのか、吐き出した。
煌夜の顔面に。
「あッッッ……じいいいいッ!!??」
煌夜は座ったまま跳ね上がり、背中から落下してうずくまる。
少女は慌てたようにあわあわ言いながら手を上下に振っていた。