プロローグ
奇跡の扉を開ける言葉は誰の脳にも刻み込まれている。
人為的にそれを気づかせることで誰もが魔術を行使できるようになるのだ。
ただ、真の意味に気づく者は少ない。
魔法遣い ダイアン・フォーチュン
◆◆◆◆◆◆◆
魔法使いは争いを呼ぶ。
例えば、蒸し暑いからと夜に散歩がてら公園に行くと空き缶が落ちていて、親切心でしゃがんで拾ったら目の前にミニスカートの女子高生が居て、弁解する時間もなく顔面を蹴飛ばされ、しかも、その女子高生は魔術を持て余した不良の彼女であったり、する。
「魔法使いなんて、魔法使いなんて、大っ嫌いだあああああ!」
狭い夜空に魂の叫びが響き渡る。
赤月煌夜は『身体の奥底にある温かいモノ』――魔力――を引っ張り上げ、身体の内側と外側に纏わせるようにイメージする。
それだけで肉体強化は強化され、時速八〇キロというスピードで裏路地を駆け抜ける。
ビルに挟まれ存在している裏路地には月の光すら入ってこない。
闇夜に目を凝らしながら、走り、室外機に足がぶつかった。
「うおおッ!?」
八十キロという、ふざけたスピードで走っていたため空中に放り出され、狭い夜空と薄汚い地面が交互に目に飛び込んでくる。
ズダンと、ガムがへばり付いている地面に危うい体勢ながらも着地した。
景色が回って見える。
後ろには移動術式で移動してくる不良。
一歩で五メートルという距離を走ってくる。
おそらく、一歩一歩の移動距離を爆発的に伸ばしているのだろう。
簡単な魔術だ。
不良は煌夜の絶叫に疑問を抱いたような顔をしたのだが、深くは考えない性格らしく今は獲物を捕えたと言わんばかりの顔をしている。
魔術が世界に蔓延したのは、一五年前。
突然変異によって生まれる『魔法使い』が世間にばれてしまい、それに伴って魔術師と名乗る人々が現れた。
それからは魔術の世界である。
実験的に開校された魔術学校、魔術開発施設、魔道具、魔術による兵器の開発。
それだけ変化が起こったのだ。
不良も変わった。
暴力よりも、魔術に変わったのである。
(くそくそくそ! 暴力のリンチなら楽勝で耐えれたのにっつか、一瞬で逃げれたのにー!)
結局、逃げるという選択肢しか選ばない煌夜だった。
ヤジロベエのように頑張ってバランスを取りながら走る。
「待ちやがれテメエ! 俺の女に手ぇ出しやがって!」
「なっ!? 事故だろありゃどう見ても!」
そんなことを言いながら走り続ける。
と。
不良の移動速度が急激に遅くなった。
どうやら、不良の魔力の量は少なかったらしい。
それとも、術式に不具合でも起きたのか……まあとにかく何とかなった。
安堵と同時、ポケットに唯一入れてきた二百円の存在を思い出した。
ジュースでも買おうかなーうはははははっは、とそんなところまでテンションが高くなった煌夜は真横にある路地に入る。
月明かりが射し込む路地だった。
へー今夜の月は満月か、と月を見ながら歩く。
むに、と柔らかい感触が靴から足に伝わってきた。
ぞわり、と鳥肌の立つ感触だった。
譬えるなら、人を踏んでいるような感触。
空気を切り裂いて慌てて飛び退る。
え? 一瞬思考が停止する。
(な、何なんだぁ!? このわけ分からんオンナノコはあ!?)
うつ伏せに倒れているので断定はできないが丸みを帯びた華奢な体格を見る限りは女の子だろう。
その銀髪は腰まで伸ばしている。
踏んだのはどうやら背中らしい。
淡い青色の服の一部が黒ずんでいた。
(……えーと、声をかけたほうがいいのかな?)
「――――――」
少女は何か言った。
生きてはいるらしい。
ほっと、半分以上本気で安堵の息を吐いて銀髪の女の子に近づく。
「おい、大丈夫か?」
その言葉は喉から出なかった。
何故なら戸が開くように跳ねて起き上ったからだ。
魔術。
(呪文を詠唱して……?)
疑問に思いながら、少女の姿を見る。
大きくつぶらな翡翠色の瞳。小さな桜色の唇。
笑ったら最高に可愛いのだろうと簡単に予測はつく。
しかしその顔に生気はなく、能面のような不自然な無表情だった。
だが、熱でもあるのか頬を赤く染め、泥のような汗が鼻梁を伝う。
何かに必死に抵抗するかのように首をギチギチ、と振る。
そんな、しんどそうな少女を見て無性に心配になった。
「な……あー大丈夫、か?」
かける言葉が見つからずにそう言って近づく。
直後、少女の身体が膨らんだように見えた。
それは少女の身体から発せられた津波のような魔力の奔流だ。
ぶあっ! 少女の蒼い魔力が煌夜の細胞の一つ一つを無理やりこじ開けて、流れ込む。
「があッ……!?」
針を刺すような激痛に視界が歪む。
魔法を発動しようとした瞬間。
少女の唇が、小さく動く。
「赤月煌夜。十六歳。魔力総りょ……う……」
壊れたラジオのようになり、少女は倒れた。