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【4作目・執筆中】青嵐の旗を掲げて ~地方議会・立志激闘篇~  作者: 立花大二
序章:灰色の城壁

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第二話:見えない決定者


翌日、晴斗は重い足取りで出勤した。眠れたのか眠れなかったのか判然としない。頭の中では昨日の結衣の不安げな顔と書類に印刷された無機質な文字がぐるぐると回り続けていた。


「おはようございます」

誰にともなく挨拶をしたが返事はない。市民課の朝はいつも静かでそして息苦しい。それぞれの職員がこれから始まる感情労働の嵐に備えて心の鎧を固めている時間だ。


始業前のわずかな時間。晴斗は自席のパソコンで市の内部データベースにアクセスした。臨時職員に与えられた権限はごくわずかだが全庁的な通達や事業計画の概要くらいは閲覧できる。


(あった……『葉山市駅前南地区第一種市街地再開発事業』)


クリックすると膨大な量のPDFファイルが表示された。議事録、予算書、環境アセスメント報告書。そのどれもが専門用語と数字の羅列で埋め尽くされている。晴斗はめまいがするような情報の中から必死で一つの名前を探した。この計画を動かしている「人間」の名前を。


担当部署は都市計画課。課長の名前、部長の名前、そして市長の名前。書類の決裁印には見慣れた名字が機械的に並んでいるだけだった。そこに彼らの顔は見えない。彼らがどんな思いでこの計画を進めているのかその葛藤も情熱も悪意すらもこの無味乾燥なデータからは何も読み取れなかった。


「……まるで誰も責任を取らないためのシステムだな」


思わず声が漏れた。その瞬間、背後にすっと人の気配がした。

「木島くん。何を調べているんだ?」

振り返ると市民課の課長である田畑が氷のように冷たい目で見下ろしていた。腹の出た中年男で事なかれ主義を絵に描いたような人物だ。

「いえその……再開発の件で少し気になることが」

「気になること?」

田畑は晴斗のPC画面を覗き込み大げさにため息をついた。

「君、自分の立場をわかっているのかね」

声は静かだったがその分、拒絶の意思が明確に伝わってくる。

「あの事業は市長の肝いりで議会も承認した正式な決定事項だ。我々執行機関の人間は粛々と手続きを進める。それだけだ」

「しかし商店街の人たちは納得していません。説明が不十分なのでは」

「説明会は規定に則って開催済みだ。参加者が少なかったのは我々の責任じゃない」


まただ。規定、決定事項、手続き。まるで魔法の言葉のようにそれらを唱えれば目の前の人間の顔を見なくても済む。晴斗自身が昨日まで窓口でやっていたことそのものだった。


「どうしてあんなに急ぐ必要があるんですか。何か裏があるんじゃ……」

「木島くん」

田畑は晴斗の言葉を遮った。

「君のような非正規の職員が首を突っ込む問題じゃない。いいかこれは『上』が決めたことなんだ。君や私がどうこうできる話ではない。自分の仕事だけきちんとやってくれ」


『上』。

その言葉はまるで神託のように響いた。都市計画課長でもなく部長でもなく市長ですらないもっと巨大で顔の見えない何か。その存在を前に晴斗の正義感などあまりにも矮小で無力だった。


「……申し訳ありませんでした」

晴斗は深く頭を下げるしかなかった。田畑は満足げに頷き自分の席へと戻っていく。周囲の職員たちは皆見て見ぬふりをしている。波風を立てた厄介者を見るような冷ややかな空気がその場を支配していた。


始業のチャイムが鳴り響く。

「一番窓口でお待ちの百七十二番のお客様ー」

同僚の声がやけに遠くに聞こえた。


自分の無力さをこれほど痛感したことはなかった。この灰色の城壁の内側から石を一つ投げることすらできない。ならばどうすればいい?


答えは一つしかないのかもしれない。


その日の午後、晴斗は半休を取り市役所を後にした。向かった先は市役所の隣にそびえ立つもう一つの巨大な建物。


葉山市議会――議事堂だった。

本当に『上』の人間がいるとすればそれはここだ。

晴斗は重厚なガラスの扉を押し開け吸い込まれるように中へと入っていった。受付で傍聴したい旨を告げると警備員は慣れた様子で手続きを進めてくれた。手渡された傍聴券を握りしめエレベーターで最上階へと向かう。


これから自分が見るものが希望なのかそれともとどめを刺すほどの絶望なのか。晴斗にはまだわからなかった。

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