絶望した騎士
男は今でも覚えている。何ものにもかえることが出来ない大切な記憶。
己の光だと愛した彼女の全て、彼女が己の命だと捧げた、光り輝くあの光景。
男にとって彼女が全てだった。
それなのに、それが奪われた。
薄暗い、男を閉じ込めるために創られた監獄の『世界』に、男の声が響く。
「……何故、何故なんだ……どうして……」
自問するようにつぶやかれる男の言葉。
故郷で愛する家族に看取られて穏やかに死ぬことを、彼女は棄てた。己を血に染めて戦うことを決めた。罪深い行いに目を逸らさない、打ち捨てないと彼女は選んだ。彼女はためらうことなく、己が正しいと信じた道を進んで行った。
「その末路が……これだと言うのかぁぁぁぁ!!」
男の絶叫が響く。
罪と血の戦いの先が、正しい道に繋がると信じて、彼女は戦っていた。そんな彼女に男は心酔し、共にあると誓った。
それなのに、彼女は忌まわしい紅蓮の炎にやかれた。
人々のために尽くした聖女を、人々は魔女として処刑した。人々は裏切り、聖女を嘲笑した。
「…どうして……」
それなのに、彼女は恨まなかった。憎まなかった。無念の最後と言えるその時まで、彼女は自分の信ずる者達に祈りを捧げた。
全てを赦した聖女。誰よりも慈悲深き、尊き信念を掲げし聖女。
何故、彼女が死ななければならなかった。何故、殺されなくてはならなかったのだ。
「どうして、誰も彼女を救ってくれなかった……」
男の悲痛な声が、静かに監獄の『世界』消えていく。
男が握りしめた拳から、噛み締めた唇から血が滴る。ぽろぽろと涙がこぼれる。
彼女が憎まずとも、彼は憎まずにはいられなかった。
聖女を守ることができず、鎖に繋がれて監獄の『世界』に閉じ込められた自分の弱さに。聖女を魔女にした欲深き人々に。彼女にこの運命を与えた、彼女が信じた〈モノ〉に。
その全てを受け入れた彼女を、男は憎んだ。
ピキッ
『世界』に小さなひびが入った。
「……そうだ。私が彼女の願いを叶えなくては」
憎しみと悲しみに囚われた男は、思い出したかのようにぽつりと呟いた。男を閉じ込める監獄の『世界』に入ったひびが、ピキピキとおおきくなる。
彼女は争いのない世界を願った。叶うことがない夢、報われない夢だとわかっていてもそれでも、彼女は願った。
美しき尊き願いを彼女の代わりに自分が果たさなければならない。そのためにはどうすべきかと男は考えた。
そして、結論を出した。
「そうだ。世界からいらないものを消していけばいい」
パリンッと監獄の『世界』が壊れた。穢れなき聖女の願いが、狂った願いにかわる。
聖女が与えてくれた穢されぬ誇りと穢されぬ光を大切に抱きかかえて、壊れた騎士が狂った騎士が堕ちていく。




