第一話
この世界はあまりにも不条理だ。
だから、もしもこれが間違いだったとして――それでも僕はこれを続けよう。
青年、千歳湊はそう胸に誓った。
例年通り、汗が止まない夏のことだった。蝉の鳴き声が五月蝿いくらいで、はやく秋にならないものかと、湊は待ち望んでいた。
「ほら、そこの荷物片付けて。はやく。ぼさっとしない」
「っるさいなぁ。判ってるよ。第一なんで俺がこんなこと……」
「文句言うんじゃありません」
湊の祖母――千歳陽子が死んでから三日が経った。お通夜、葬式、遺品整理。死んだからといって生活自体に変わりはないけれど、すること自体は山積みだ。正月ぶりに入る家は、主人を失えどなにも変わっていないように湊には思えた。母である夏樹に叱られながらも、とめどない愚痴がこぼれる。
「にしても、なんで父さんはこないんだよ。おかしいだろ」
「おかしくありません。陽太は仕事だって言ったでしょ。あ、その段ボールはこっち」
湊は、手に持った段ボール箱を見つめた。この中に入っているのは生前の祖母が好きだった衣服類だ。どうやらまだ綺麗だからと売りに出すのだとか。湊にしてみれば、他人が着た後の服なんて想像したくもないのだが、世の中の大多数はそうでないらしい。
「っし。これで最後、かな」
段ボールを置き、湊があたりを見渡せば、室内に荷物はなく、ここを使用する人はもういないのだと示しているみたいだ。この家も売り払うようだが――祖父母との想い出の詰まった場所が、他人の思い出の場所になるというのは湊にとって些か不思議で、実感の湧かないことだった。
「はい、お疲れ様。文句いう割には頑張ってたじゃん」
母から差し出された水を飲みながら、湊は額の汗を拭う。冷えた水が身体へ染み入る感覚にホッと一息ついてから、湊はスマホを取り出した。
「うわ、イベント始まってんじゃん。最悪」
今湊がハマっているMMOゲーム。特に推しがいるわけでもないが、ストーリーが良くて重宝していた。そして、そのゲームは今日から新キャラ育成イベントが始まるところだったのだ。
「またあの――なんだったっけ、こねくとわーるどってやつ?」
「CONNECTED WORLDな」
ゲームを起動しながら、そっけなく湊は答えた。ゲーム画面が開くと同時に大きな音が流れ、慌てて音量を下げる。スタートボタンを連打しながら、湊が近くの段ボールに腰掛けると、母は呆れたようにため息を吐いた。
すでにWi−Fiはないから、モバイルデータを使用しなければならない。MMOである以上、当然一度に消費する量が激しいので、ログインだけで済ませようかと湊は考えていた。だが、ローディング画面に移行した瞬間、とつぜん画面が真っ暗になる。
スマホの充電残量はまだあったはず。一体なんだろうかと画面をタッチしようとして、それが不可能なことに気がついた。いつしか湊の手からはスマホがなくなっていたのだ。否、湊自身がどこかへ飛んだとでもいう方が正しいか。周囲は暗闇で、なにもない空間にただ漂う感覚。その後、急激に視界は開けた。
あまりの眩しさに、湊は目を押さえた。それから、ゆっくりと掌をずらしあたりを確認する。
「どこだ、ここ」
湊がいたのは、どことも判らぬ部屋だった。窓はなく、重厚なドアが一つ。それ以外はすべてコンクリートらしきもので固められた、それこそ地下室のような場所。天井につけられた明かりだけが嫌に浮いている。
身体の自由を確認してから、湊はドアノブに手をかけた。定石通り鍵がかかっている。所謂脱出ゲーム的なものなのだろう。とはいえ、湊とドアの他にはなにもないこの部屋からどう脱出せよというのかは不明だが。
「どっかが隠し扉みたいな、あんのかねぇ」
誰に訊くともなく口にすると、湊は硬い壁を手で叩いていく。ノックの音が室内に響くものの、一周回ってもなにも起こりはしなかった。
「壁の反響から後ろが空いてるとか判ればよかったんだけどなぁ。てか、ガチで何もねぇじゃん。え、どうしよ。そろそろガチ目にやばいか?」
焦りが顔を出すもののだからといってなにが変わるわけでもない。そもそも、と湊は思う。
(ここにいる間、俺はどの場所にいる? 所謂異世界転移的なあれだろ。CONNECTED WORLDを開いた時に変な場所来るとか。いきなり消えたことになってたら母さんが心配すると思うんだけど)
不意に、湊が立てたものではない音が聞こえた。重厚な、床となにかが擦れる音。それが何の音かは差し込んだ光によって判った。
「や、待たせてごめんね。ここに人が来るのは久しぶりなもんで。ようこそ、CONNECT THE WORLDへ」
26/01/11 誤字脱字修正




