舞台装置の恋
音楽が静かに終わりを告げる。
最後のステップで足を止めた私は、軽く礼を取った。
「見事な踊りだった。ありがとう、リュシール嬢」
「こちらこそ、素敵なお誘いをいただきましたわ。……殿下」
エドワードはにかむように肩をすくめ、冗談めかして私の手の甲に口づけを落とした。
その所作に周囲が小さくざわめき、いくつもの視線が集まる。
けれど彼は気にも留めず、軽やかに一礼して輪を抜けていった。
残された私は、ふと胸に小さな戸惑いを抱えたまま、視線を泳がせる。
――そこで目が合った。
人の波の向こうに立つシャルル。
相変わらず完璧な微笑みを浮かべ、令嬢たちに囲まれている。
けれど、その瞳がほんの一瞬だけ私に留まり、光を宿した。
視線が絡んだ瞬間、胸がきゅっと締めつけられる。
あの微笑の裏にあるものが何か、私には読み取れなかった。
「リュシール」
気づけば彼がすぐ傍らにいた。
優雅に人々の輪を抜け、自然な動作で私に手を差し伸べる。
「次の曲を――僕と、踊ってくれる?」
その声音は穏やかで柔らかい。
いつものように完璧な彼の姿。
けれど、差し出された手の温もりが、ほんの少し強く、私を捕まえて離さないような熱を帯びている気がした。
「……ええ、喜んで」
私がその手を取ると、シャルルの微笑みがわずかに深まった。
けれどそれは、社交の場で見せる誰にでも向ける笑顔ではなく――私だけに向けられたもののように思えた。
音楽が再び流れ始める。
私はシャルルに導かれ、舞踏の輪の中心へと進んでいった。
彼の掌がそっと私の腰に添えられ、もう一方の手が私の指を包む。
その所作は、まるで絵画のように端正で、どこまでも優雅だった。
彼と視線を合わせる令嬢たちの頬が紅潮しているのが視界の端に映る。
――この人は、どこへ行っても光を集めるのだ。
「先ほどの殿下との踊り、楽しそうだったね」
穏やかな声が、音楽に溶けて届く。
微笑を浮かべる彼の表情は柔らかいけれど、その眼差しにはわずかに揺らめくものがあった。
「……ええ。殿下はとても気さくな方で。少し緊張が和らぎました」
「それなら良かった。けれど――僕の隣でも、同じように緊張せずにいてくれると嬉しいのだけれど」
冗談めかした言葉に、思わず瞬きをする。
けれど彼はすぐに笑みを深め、柔らかに囁いた。
「冗談だよ。君がいつも通りでいてくれるのが、一番だから」
胸がかすかに疼く。
彼の気遣いが、甘やかに心をくすぐる。
でも同時に、ほんの小さな棘が刺さったような感覚が残った。
音楽に合わせてステップを踏むたび、彼の手が確かな温もりを伝えてくる。
けれど私は、その距離の近さを意識するあまり、自然に笑みを浮かべることができなかった。
――私は舞台装置。
彼にとっては、いずれ終わるかもしれない約束のための存在。
そう自分に言い聞かせながら、私はただ舞踏の旋律に身を任せ続けた。