エピローグ
長い旅の終わりを告げる朝、甲板にはすでに多くの人影があった。
それぞれが荷をまとめ、仲間と別れを惜しみ、次の生活へと思いを馳せている。
寄港地で出会った色鮮やかな光景は、もうすでに遠い幻のようで――けれど心の奥に温かい残響を残していた。
潮風に揺れるヴェールを押さえながら、私は手すり越しに港の街を眺めた。
ここからまた、それぞれの道が始まるのだ。
背後から弾む声が聞こえ、私は振り返る。
「リュシールさま!」
アメリーがオリヴィエの隣に立っていた。
ふたりの間には、もう言葉などいらないような穏やかな気配が流れている。
互いに寄り添う姿は、自然で、美しくて――見ているだけで心が温まった。
「この旅で……本当にお世話になりました」
アメリーの声は少し震えていた。
「リュシールさまがいてくださったから、私、ここまでやってこられたんです。また……また必ずお会いしたいです」
その真剣な瞳に、胸が熱くなる。私はゆっくり頷いた。
「もちろん。また会いましょう。必ず」
アメリーの表情がぱっと輝き、隣のオリヴィエが軽く咳払いをして一歩前に出た。
「ぜひ、我がサロンにいらしてください。芸術を愛する者が集う場所です。あなたの感性は……きっと、そこに光を与えてくださる」
その熱烈な誘いに、思わず頬が赤らんだ。
けれど彼の真剣さを笑い飛ばすことはできず、私は静かに微笑んで答えた。
「光だなんて……私には過ぎた言葉です。でも、ありがとうございます」
二人の姿を見送ると、今度は軽やかな声が耳に届いた。
「いやはや、収まるところに収まったな」
振り返れば、陽光を背にしたエドワードが立っていた。
その碧の瞳は冗談めかしながらもどこか安堵を帯びている。
「君たちがどうなるのか、少し気を揉んでいたんだよ。……だが良い結末を見届けられて安心した」
軽く肩をすくめると、彼は唇の端を上げて続けた。
「今度はぜひ、俺の国へ来てほしい」
思わず言葉を探していると、隣にいたシャルルが一歩前へ出た。
声は落ち着いていたが、はっきりとした響きを持っていた。
「……二人で行きます。僕とリュシール、二人で」
強調するような口ぶりに、胸がどきりと跳ねる。
エドワードは一瞬驚いたように目を瞬かせ――やがて、いたずらっぽく微笑んだ。
「新婚旅行でもいいぞ、歓迎する」
そう言ってぱちりとウインクをし、笑みを残して去っていく。
その背を見送ると、甲板は次第に人影を減らし、潮風と帆のきしむ音だけが残った。
静かな空気の中、シャルルがこちらを振り向く。
真剣な眼差しに射すくめられ、私は息を呑んだ。
「……リュシール」
彼の声音は震えていた。
「僕と……結婚してほしい」
その言葉は、刃のように鋭く、そして誰よりも優しい響きを持っていた。
胸の奥が熱く満たされ、頬を伝うものを止められない。
「……はい」
唇が震える。
「私でよければ」
その瞬間、シャルルが強く抱きしめてきた。
大きな温もりに包まれて、私はただ身を委ねる。
彼の息遣いが近づき、唇が触れた。
――甘く、深く。
何度も、息を惜しむように重ねられる口づけは、永遠の誓いそのものだった。
潮騒が遠のき、世界はただ二人だけのものになる。




