控えめな令嬢
航海三日目の午後。
《ル・フロラリアン》のラウンジでは、昼下がりの茶会が開かれていた。
磨き抜かれた銀器、紅茶の香り、色とりどりの菓子。
貴族たちは談笑に花を咲かせ、煌めくガラス窓の外に広がる青い海すら、もはや景色の飾りに過ぎないかのようだった。
「まあ、あのドレスはどちらの仕立屋かしら」
「次の寄港地では、ぜひ宝飾を見に行きたいものだわ」
飛び交う声に、私はそっと耳を傾ける。
話題に加わることはできるけれど、私が口を開く前に輪は自然と次へ移っていく。
押し出しの強い令嬢たちの中で、私は一歩控えめに笑みを浮かべているだけだった。
――もともと、前に出る性質ではない。
侯爵家の娘として、礼儀を重んじるよう育てられた。
無理に目立とうとせず、相手を立て、必要なときに必要な言葉を選ぶ。
それが私の居場所を守る術でもあった。
「リュシール様は、お静かですのね」
向かいの令嬢がからかうように笑む。
「てっきり、公爵家の婚約者ならばもっと堂々となさるかと」
「……社交の場は、皆さまの華やかさで十分ですもの。私は、その美しさを見ている方が好きなのです」
私の返答に、令嬢たちは一瞬きょとんとし、やがて笑い声を上げた。
からかいの裏には、私が控えめに振る舞っていることを好機と見て、シャルルに近づく余地があると考えているのだろう。
それでも私は、笑みを崩さずに紅茶を口に運ぶ。
――彼の隣に立つのが私の役割。
たとえ一歩引いた場所であっても。
茶会が終わり、人々が散っていく。
私は胸の奥に残る小さな疲れを抱えながら、静かな場所を求めて船内を歩いた。
気づけば、足は自然と図書室へと向かっていた。
分厚い扉を押し開けると、ほっと息が漏れる。
外の華やかさとは打って変わり、ここは紙とインクの香りに包まれた静寂の空間だった。
――そして、そこにいたのは。
棚の前で背伸びしながら楽譜を探す、あの少女。
アメリー・デュラン。
平民出身ゆえに、この豪奢な船の中ではまだ所在なさげに見える。
私に気づいた彼女は、驚いたように目を瞬かせ、控えめに頭を下げた。
「ごきげんよう、アメリーさん」
私は声をかけ、彼女の手元へと歩み寄った。