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寄港地を巡り終えて

 寄港地を巡った旅を終え、再び《ル・フロラリアン》の日常が戻ってきた。

 その夜、サロンはまるで別世界の記憶を抱き込んだ宝石箱のように、熱を帯びていた。


 壁にかけられたシャンデリアの灯は、金の細工や磨き込まれた木のテーブルに柔らかく映り込み、杯に注がれたワインは深紅の光を揺らめかせている。

 上流階級の紳士淑女たちは、寄港地で得た思い出を誇らしげに、あるいは愉快そうに語り合っていた。


「やはり、最初の港の美術館は見事だったわ。あれほどの名画を一堂に見られるなんて」

「私は遺跡だな。柱の一つに触れただけで、何千年の時を超えて人の営みを感じられた」

「最後の港の市場も忘れがたいわね。あの香辛料の香りと色彩、胸が躍ったもの」


 次々と飛び出す言葉は、鮮やかな色彩と音楽の断片を呼び戻し、笑い声に混じって空気を一層華やがせていく。


 私は輪から少し外れた椅子に腰掛け、静かにその光景を眺めていた。

 皆の表情は生き生きとしていて、旅がどれほど心を満たしたのかがよく伝わってくる。

 ――けれど私は、いつも通り耳を傾けるだけで十分だった。言葉を重ねるよりも、こうして彼らの輝きを見ている方が心地よい。


「そういえば……リュシール様は、どの町が一番お心に残ったのかしら?」


 ふいに、一人の令嬢がわざとらしい声音で問いかけた。

 その瞳には、どこか探るような光が宿っている。私を場の中心に引き入れて、反応を楽しもうとしているのだろう。


 私は微笑を崩さずに、静かに言葉を選ぶ。


「……どれも心に残りましたけれど……やはり、最初の町の美術館でしょうか。あの静謐な空間に身を置くと、絵画そのものだけでなく、それを愛し守り続けてきた人々の想いまで伝わってくるようで……」


 言いかけて、思わず口をつぐんだ。

 大勢の前で長く語るのは得意ではない。笑みで取り繕おうとしたそのとき――


「素晴らしい!」


 立ち上がらんばかりの勢いで、オリヴィエが両手を打ち鳴らした。

 熱に浮かされたような双眸がきらめき、声は朗々とサロンに響く。


「まさにその通りです! 芸術は形ではなく、人の心の営みの結晶なのです! リュシール様はやはり――真に芸術を理解しておられる!」


 熱烈な賛辞に、私の頬は瞬く間に熱を帯びる。

 貴族たちはくすくすと笑い、ある者は「なるほど」と頷き、話題は再びオリヴィエへと引き寄せられていった。


「例えば、あの港の演奏会も同じです! 人々が一体となって声を響かせたあの瞬間こそ、芸術の本質だった!」

「まあ……オリヴィエ様らしい情熱ですわ」

「彼の言葉を聞くと、景色がまた違って見えてくるようです」


 賛同と笑いに包まれる輪の中心で、オリヴィエは一段と輝きを増していく。

 私はそっと息をつき、再び聞き役へと戻った。

 ――やはり私は、光の下よりも少し離れた場所の方が、落ち着くのかもしれない。


 そのとき、ふと視線を感じた。

 目を上げると、向かいに座るシャルルが静かにこちらを見ていた。

 彼の表情は変わらず穏やかで――けれどその眼差しの奥に、言葉にできぬ何かが潜んでいるように思えた。

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