夕暮れの港
夕陽は海へと傾き、港町を黄金色に染めていた。
白い石畳も、遺跡の柱も、すべてが柔らかな光に包まれ、どこか夢の名残のように揺れている。
港へ戻った私たちは、船へと続く桟橋の前で足を止めた。
波に照らされた橙色の光がきらめき、どこか名残惜しさを誘う。
「今日は……ご案内いただき、ありがとうございました」
私はそっとエドワードに向き直り、深く礼をした。
彼は一瞬だけ真面目な顔をして、それから悪戯めいた笑みを浮かべる。
「君のためなら、いつでも案内役を買って出るさ。――それが古代遺跡でなくてもね」
「……まあ」
思わず言葉を詰まらせると、彼は肩をすくめて小さく笑った。
けれどその冗談めいた響きの裏に、妙な誠実さを感じてしまい、胸がくすぐったくなる。
そのとき、隣にいたシャルルの視線が、わずかに揺れたのを感じた。
彼はすぐに柔らかな笑みを取り戻したが、その一瞬の色に気づいてしまった自分の心が、なぜか落ち着かない。
「エドワード殿下。今日は助かった。君がいたおかげで、彼女もきっと楽しめたと思う」
シャルルの言葉は穏やかだったが、その裏に淡い感情が滲む。
エドワードは一瞬だけ目を細め、からかうように肩を竦めた。
「なら光栄だ。……もっとも、俺がいなくても、君の隣なら彼女は十分楽しめただろうが」
海風が吹き抜け、三人の間にわずかな沈黙が落ちた。
けれど夕陽はなお穏やかに輝き、波の音が会話の続きのように心を揺らしていた。
夕陽が海へと沈み、空の赤が群青へと変わりゆく頃。
私とシャルルは並んで桟橋を歩き、《ル・フロラリアン》へと戻っていた。
背後では港の灯りが一つ、また一つと点されていき、街は夜の顔を見せ始めている。
歩みを揃えながら、シャルルがぽつりと口を開いた。
「……エドワード殿下は、君のことを気にかけているようだね」
私はわずかに足を止め、彼を見上げる。
その声音は柔らかいけれど、どこか探るような色を帯びていた。
「そうでしょうか。……侯爵家の娘として、フロランとメリディアンの繋がりを考えてのことではありませんか?」
言葉を選んで静かに返す。
そうであれば、私個人ではなく立場としての扱いに過ぎない。そう自分に言い聞かせる。
けれど、シャルルは一瞬だけ視線を外し、夜風に揺れる髪を撫でつけるようにしてから、低く呟いた。
「……それだけじゃないと思う」
それ以上は言葉を続けず、ただ前を向いたまま歩を進める。
私は追いかけるように横に並びながら、その沈黙の余韻を胸の奥で反芻した。
――彼は何を思っているのだろう。
揺れる波間のように、答えの見えない問いが心をかすめ続けていた。




