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遺跡の国

 第二寄港地――白い石造りの町は、まるで神話の中に迷い込んだかのようだった。

 青い海と空を背景に、大理石の神殿跡や円形劇場が今もなお残されている。崩れかけた柱でさえ荘厳で、陽光を浴びて白く輝く姿は人の営みを超えて永遠を語っているようだった。


「すごい……こんなにも残っているなんて」


 思わず零した私の言葉に、隣を歩くシャルルが柔らかく微笑む。


「数千年の風や雨に耐えながら、こうして今も僕らを迎えてくれるんだ。人の心が作ったものの強さって、すごいよね」


 彼の言葉に頷きながら、私は柱の陰に咲いた小さな花へと視線を落とした。偉大なものに寄り添うように、ひっそりと咲く小さな花。――どこか、自分に重ねてしまう。


「君はどの遺跡が気に入った?」

「……そうですね。劇場、でしょうか。ここでどれほどの人が声を重ね、歌を響かせたのかと思うと、胸が震えます」

「ふふ。やっぱり君は舞台や音楽に心を寄せるんだね」


 優しい眼差しに胸が揺れる。

 その瞬間、不意に背後から落ち着いた声が響いた。


「やあ、ここにいたのか」


 振り返れば、エドワードが石段を軽やかに下りてくるところだった。

 陽光を受けた金髪が風に揺れ、碧の瞳はどこか悪戯めいた輝きを帯びている。


「まったく、君たちは絵になるな。白い神殿に立つ姿は、古代の英雄と女神そのものだ」

「……相変わらず大げさですね」


 苦笑で返すと、彼は肩を竦めて見せた。


「いや、本心だよ。舞踏会のときも思ったが――君は隅で控えているより、こうして光の下に立つ方が似合っている」


 頬に熱が差すのを感じる。

 シャルルは横で穏やかな笑みを崩さなかったが、その瞳の奥を読むことはできなかった。


「せっかくだ。三人で回らないか? 俺の案内なら、この遺跡をもっと楽しめる」


 冗談めかしつつも自信に満ちた誘いに、私はシャルルを見やる。

 彼は一瞬考えるように視線を伏せ、やがて静かに頷いた。


「ええ、リュシールがよければ」

「……はい。ぜひ、ご一緒させてください」


 こうして私たちは三人で古代の街を巡ることになった。

 けれど、胸の奥には言葉にできない波紋が広がっていくのを、私は確かに感じていた。



 石畳の広場に立つと、エドワードが劇場跡の中央を指さした。


「ここでは、かつて何千人もの市民が声を揃え、歌い笑い合ったそうだ」


 私は中央へと歩み出て、そっと声を洩らした。

 石壁に反響し、思いがけず音が広がる。


「……まあ」

「いい声だ。――まるでこの劇場が君を主役に選んだみたいだな」


 エドワードの声音は落ち着いていて、けれど瞳の奥には悪戯めいた光が宿っている。

 胸が高鳴り、言葉を探す私を見て、彼はくすりと笑った。


「からかったつもりはない。……本当に似合っていたよ」


 真摯な響きが加わった言葉に、視線を伏せるしかなかった。

 その様子を少し離れた位置から見ていたシャルルは、変わらず穏やかに微笑んでいたが――その奥にわずかな揺らぎを感じ取ったのは、私の思い過ごしだろうか。



 次に訪れたのは神殿跡だった。白大理石の柱が並び、風に晒されながらも威厳を放っている。

 エドワードはその間に立ち、ゆっくりと空を仰いだ。


「王も民も、この空を見上げて祈った。祈りは立場を選ばない」

「同じ空を……」

「そうだ。どんな時代でも、人は変わらず同じものを求めるのだろう」


 彼の落ち着いた声は、まるで歴史を語り継ぐ響きのようで、胸の奥が澄んでいくのを感じた。

 私は青空に目を細めながら、心の奥に小さな憧れのような感情が灯るのを覚える。


「リュシール。……疲れていないか?」


 隣でシャルルが問いかける。

 彼の声はいつも通り優しくて、けれど私の胸には妙な重さを残した。


「いえ、大丈夫です」

「ならいい。でも、無理はしないで」


 その言葉に頷きながらも、なぜか息苦しさを覚える。

 そんな空気を払うように、エドワードが柔らかく笑った。


「次は港に戻ろう。夕暮れの光が石に映る姿は、また違った趣がある」


 落ち着いた提案に、私は安堵とともに頷いた。

 ――その歩調はシャルルよりも少し緩やかで、不思議な安心を与えてくれるものだった。

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