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サロンでの語らい

 《ル・フロラリアン》のサロンは、今宵ひときわ賑わっていた。

 寄港地での見聞を語り合う貴族たちの声が、ランプの光とともに室内を満たしている。窓辺に広がる海はもう闇に沈み、外の静けさと内の喧噪が不思議に溶け合っていた。


「ご覧になったでしょう? あの天井画の荘厳さ!」


 オリヴィエが、葡萄酒のグラスを片手に身振りを交えて熱弁する。


「筆の跡に魂が宿っていた。まるで神々が人の手を借りて描いたかのようでしたよ!」


「ええ、確かに。あの彫刻も見事でしたわ」

「私は広場での合唱に胸を打たれました」


 周囲の貴族たちが次々に同意し、会話は熱気を帯びていく。


 私は椅子に腰を下ろし、微笑みながらその声に耳を傾けていた。

 語る言葉を持たないわけではない。けれど、誰かが口火を切れば、次の誰かがすぐに続け、私の番は自然と巡ってこない。……それでも構わない。私は聞き役でいることに慣れているから。


「次の寄港地では、古代の遺跡をご覧になれるとか」


 一人の令嬢が瞳を輝かせて口を開いた。


「神殿の柱が、今も空にそびえているそうですよ」

「おお、それは楽しみだ!」


 オリヴィエが声を弾ませる。


「学問と芸術の源、その地を自らの目で見られるとは。ぜひ写生もしたいものです」


 話題は自然に、次の寄港地へと移っていった。

 人々の高揚した声を聞きながら、私はワイングラスの赤を静かに見つめる。


 ――君の控えめは弱さじゃなく、君だけの強さだ。


 ふいに、あの異国の王子の言葉が胸に蘇る。

 いつもなら「壁の花」である自分を責めるだけのはずが……今夜は、その静けさがほんの少しだけ誇らしく思えた。


 隣で談笑を聞いていたシャルルが、ふと私に身を寄せて囁く。


「次の寄港地も楽しみだね。君と一緒に見られるのが嬉しいよ」


 胸の奥が温かくなる。私は小さく微笑んで、静かに頷いた。


「ええ。きっと、素敵な時間になると思います」


 サロンの喧噪は続いていたけれど、私の世界にはその一瞬だけ、彼と私だけの穏やかな静けさが広がっていた。

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