夜の演奏会
日が落ちると、街は一変した。
石畳の大広場には屋台の灯りが並び、人々の笑い声と香ばしい匂いが夜気に漂う。
その中央に設けられた舞台には、既に楽団が並び、楽器の調律が始まっていた。
「なんて賑やか……」
私は周囲を見回し、息を呑んだ。
煌びやかなドレスや礼服ではなく、庶民の衣が大半を占めている。けれど、その顔はどれも朗らかで、この街の芸術を誇らしげに楽しんでいた。
アメリーの瞳が輝きを増しているのが分かる。
「本当に……夢のようです。こんな場所で音楽を聴けるなんて」
オリヴィエが横で微笑んだ。
「ええ、あなたのような演奏家にこそ、この空気を吸ってほしいと思っていました」
その言葉に、アメリーは頬を染め、俯き加減に笑みを浮かべる。
二人の間に生まれる静かな熱に、私はふっと胸の奥が安堵でほどけていくのを感じた。
――良かった。
アメリーの視線はまっすぐに音楽とオリヴィエを見ていて、シャルルに向けられるものではない。
そう考えて、ふと自分の浅ましさに嫌悪感を覚えた。
「どうしたの?」
隣でシャルルが覗き込む。
「……いえ、ただ、素敵だなと思って」
「ふふ、そうだね」
舞台から音が放たれる。
弦が鳴り、笛が響き、打楽器が夜空を震わせる。
人々が息を揃えて耳を傾け、その瞬間だけ街全体が一つの楽器になったように感じられた。
演奏が終わると、広場には万雷の拍手が響き渡った。
アメリーは胸の前でそっと手を組み、感極まったように目を潤ませていた。
オリヴィエが彼女に言葉をかける。その声は賑わいに紛れて私には聞き取れなかったけれど、彼女の頬を染める様子で十分に分かった。
「……よかったね」
私は小さく呟いた。
その言葉が、誰に向けたものなのかは分からない。アメリーか、オリヴィエか、あるいは自分自身か。
けれど、胸の奥に芽生えた安堵と同じくらいに、別の感情が私を締めつける。
アメリーがオリヴィエと結ばれるのなら――それは喜ばしいことだ。
あの二人は、まるで音楽そのもののように響き合っている。
きっと人々に祝福され、物語の中心に立つのだろう。
……けれど。
だからといって、私がシャルルの隣にふさわしいと胸を張れるわけではなかった。
彼は誰にでも愛される人。
笑顔一つで人々を安心させ、言葉一つで場を和ませる。
公爵家の嫡男としての威厳と、王子のような優美さを兼ね備えた存在。
その隣にいる私が、ただ控えめに微笑むだけの「壁の花」であることを、私はよく知っている。
人前に出れば令嬢たちの方が華やかに彩り、話題の中心に立つのはいつも彼だ。
私はその背を少し離れた場所から見守ることしかできない。
――物語が私に与えた役割と、現実の私が選び取っている立ち位置は、結局同じなのだろう。
その思いが、音楽の余韻に溶ける夜気の中で、静かに胸に沈んでいった。




