うそぶく
照りつけるような日差しに、寄せては返す波が反射してきらめく。潮風が海鳥の鳴き声を運ぶ。遠くの方で、突如として巨石のような巨体が海面を突き破った。空気を震わせるような雄叫び。その生物は派手な水しぶきを上げて、自らの在るべき場所に戻っていく。
煉瓦造りの家屋の一室。窓から覗くその光景に、僕は感嘆の声を上げた。
「ここは、素晴らしい場所ですね」
王都からの客人――セシル・クラインがいった。その表情には疲労が見て取れた。部屋には、彼女が夜を徹して服を仕立てていた痕跡が散見される。
“姉さん”のパーティは三日後に迫っていた。それまでにセシルは僕の礼服を作らねばならない。ともすれば時間に追われ、夜を徹した作業も必要になるのだろう。あるいは、頻繁に聞こえる原生生物の鳴き声のせいで、眠れなかっただけなのかもしれない。
仕立屋の弟子であるエルザはよく眠れたらしい。テーブルを挟み向かいに座る彼女は、まだ夢見心地という様相で、むにゃむにゃとしている。
普通、弟子というのは師匠よりも早く起きて働くものなのではないか。そのような考えが過った。彼女たちの関係は、師弟というよりも、姉妹という方が適切なのかもしれない。
シルヴィアがテーブルに食器を並べている。彼女は牽制するような視線をセシルに投げかける。しかし基本無表情であるから、彼女を知らない人にしてみれば、「不愛想なひとだ」という印象しか与えない。
セシルが、この場所について訊いた。
僕は掻い摘んで、彼女に説明した。幼少のみぎり、その発見に順ずる大冒険。セシルは表情豊かに耳を傾けた。あまりにも聞き上手なものだから、僕は気を良くしてあることないこと脚色を重ねた。
シルヴィアの侮蔑交じりの冷笑。虚構に塗れた僕を恥じ入らせる魂胆だ。しかし、女性を愉しませるのは、紳士の務めである。そのことが、このメイドにはわかっていない。僕はでんと胸を張り、誠心誠意話しを盛り続けた。
なにも虚言癖があるわけではない。
たとえば、この場所は一日が約四十二時間であること、僕が魔術研究の際に重宝していたのも事実だ。巷で流行っていた言葉から借用して“異世界”と呼称するのは、個人の自由だろう。
もしも僕を責め立てる余地があるとするのなら、「この“異世界“は僕によって産み出された」という一点のみである。
五歳のあの日から、今に至るまで、僕はこの場所を説明する言葉を持てずにいた。
あの日、収納魔法を越えた先に見た大自然。僕は驚愕と混乱――それ以上に恐怖でいっぱいになった。どうしてこのようなことが起きたのか、見当もつかない。神様が、七日で世界を作ったように、気紛れでそこに出現したかのような神秘。頬を伝った涙の熱さを、今でも思い出せる。
それらしい説明が叶わないのなら、うそぶく他にない。
ともすれば、件のような失言も、笑い話だ。
しかし、僕の思惑とは裏腹に、セシルとエルザは驚愕に目を見開き絶句。
――冗談が通じないのか?
内心そのように思っていると、
「序列八位の魔術師ともなると、そのようなことも可能なのですね」と感嘆の声を上げた。
僕は一つ間を置き、
「まあね」
と声を少し上ずらせた。
シルヴィアの冷ややかな視線が、僕を恥じ入らせた。




