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【休載中】魔力を失った天才魔法少年レイモンド、姉に誘拐される。  作者: もん・えな


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異空間あるいはその虚空

 暗闇。


 他には何もない。


 あるいはそれすらもないのかもしれない。


 思考は闇に沈み、自分がどういった状況にあるのかすら分からない。不安に駆られることはない。むしろ心地よさすら感じた。不思議、と思うこともない。それがとても自然なことのようだった。まるで世界と同化しているような、そんな感覚。どこまでも沈むように、あるいは浮き上がるように、あるいは意識がとけるように――。


――しかし空気はあるのか。


 闇のどこかで、何かがぽつり胎動した。


――であるならば、時間も流れている。


 遥か彼方、耳元で囁くように、闇を彷徨う思念の残骸が、ぼやけた輪郭の辺りを漂っていた。と、何かがぱっと光った。僅かな光源。されど目を眩ませるのには十分で、脳の奥を刺激する。一瞬にも満たないそれは、魂と肉体の輪郭をなぞり闇に霧散しかけた意識をかたどった。


――定説を支持するのなら、世界は魔力同士の激しい衝突により誕生したらしい。なぜ激しい衝突をしたら世界が誕生するのかは定かではない。眉唾である。しかしその衝突が実際に起こったことであると突き止めた魔術師がいる。彼によると「世界の前に魔力があり、世界がそこにあるのなら自ずと魔力も存在する」そうだ。


 試しに体内の魔力を杖に集中させた。薄緑の光が揺らぐ。それを眼前に持っていき、ぼうっと眺めた。手元の魔力は自分の姿をはっきりと映し出す。それなのにこの場所には、やはり暗闇しかないような気がした。


 僕は自分以外の魔力を求めて、杖を振り魔力を前方に飛ばした。


 もしもこの空間に魔力があるのなら、僕の飛ばした魔力とぶつかり、光が反射するはずだ。


 しかし反応はない。


 定説が間違っていたか。そもそも、この空間は世界ではない何かであるか。興味は尽きない。


 僕は杖に魔力を集め、宙に簡単な魔法陣を描いた。前方に火球を出現させ飛ばす魔法だ。しかし魔法陣は描けても、魔法としてそれが発動されることはない。そうして時間経過とともに、魔法陣も宙に霧散した。


 このことから、この空間において、魔法――その術式が適応されていないことが分かった。


 魔法とは、術式によって定められた事象を、魔力によって発動することだ。術式は文字と記号の組み合わせからなり、それを世界に摂理として設定する必要がある。古くは石板や木簡、剣などに刻まれていたが、時代が進むにつれ、それは本――魔術書――の形をとるようになった。


 術式が設定されていないということは、僕の手に刻まれた術式も意味をなさない。僕の世界をA、この空間をBとした時、AからBへとものを移動するのは自由だが、BからAへの移動は制限が掛かる。つまり、召喚魔法とはAによる独占的な権能であると言い換えることができるようだ。


――ともすれば、打つ手はない。


 魔力はある。新たな術式を刻み込む手段は知っている。しかし、肝心の刻むべきモノがない。


 八方塞がりだ。


 よもや五歳の若さで命を落とすことになるとは思わなんだ。


 ぼうっとしていたら、そのうち闇と同化して意識が消えるのだろう。その過程で飢えに苦しまないのなら、まあ、それもいい。


 とはいえ、まさか、あのクッキーが本当に最後の晩餐になるとは。オレンジジュースくらい飲んでおくべきだった。


 ……恋も知らずに死ぬだなんて、ああ哀し! 


 せめて、ちゅーくらいしておくんだった!


 雑念とした不毛が虚空を満たす。


 どうせ死ぬのだからと、駄々っ子の様に魔力をそこら中に飛ばした。それは遠くの方で花火の様に弾けた。虚空に咲く大輪に思わず感嘆が上がった。


「姉さんが見たらきっと喜んだだろう」


 そんなことを考えると、寂しさが心に広がった。漠然としていた死というものが、現実味を帯び身体を震わせた。泣き出したい気持ちでいっぱいだった。でも僕は偉い子供だったので、そんなみっともないことはしない。


 しかし、姉さんが心配だ。姉さんは僕と違って偉ぶってる子供だから、僕がいないと分かるやいなや、屋敷中をひっくり返して探すことだろう。そうして見つからないと、きっと泣き出してしまう。


 泣いている子供は手に負えない。メイドたちはほとほと困り果て、母さんもどうしたものかと匙を投げる。


「男の子は女の子に優しくしなくてはいけない」とは大人たちが代わる代わる僕に伝えた言葉。


 ともすれば、やはり僕はこの空間から脱しなくてはならない。


 方法がないわけではない。


 術式を定義しなおせばいい。術式を刻むためのものも――気が進まないけど――ないわけではない。つまり僕の身体は術式を刻むに足る“余白”がある。しかし痛みを伴う。


 痛いのと死ぬのでは、前者の方が僕はイヤだ。自傷行為は神様が許していなかった気もする。普段祈ることはないけれど、きっと、そう。


 逡巡の後、僕は意を決し杖に魔力を宿した。


――……おや。


 眼前に輝く貧弱な木の棒を眺めた。 


 目蓋をぱちくり。


――いや、しかし。


 そう思いながらも、僕は頭に浮かんだ考えを振り払えずにいた。


 つまり、「この杖に術式を刻めばいいのでは?」


 次の瞬間、僕は行動に移していた。


 自分の思考が魔力を介して杖に流れていく。文字と記号、その集合体が術式であり、魔法陣となり、魔法となる。世界を構成する五大元素。四次元思考。オレンジジュース。その他様々な理論と妄想が螺旋状に杖に刻まれていく。それはいつしか燃えるように熱を帯び、僕は思わず手を離した。


 杖は螺旋を描き眩い光を放っている。赤、橙、黄と色を変えていく。膨大な魔力が荒々しく放出されている。


「どうにもマズそうだ」


 僕は咄嗟に腕を前に突き出し、魔力をコントロールしようと試みた。意識を集中し、杖の暴走を抑え込もうとした。しかしそうするごとに、杖の魔力が意志を持ったように逆巻き、燃料を投下されたように大きくなる。


 杖が白い閃光をまき散らした。


――ああ、くそっ。


 諦観。


 瞬間、杖から発される魔力が収縮。その後、激しい爆発を起こした。


 僕は咄嗟に全身に魔力を通して、防御姿勢を取った。凄まじい衝撃に襲われ僕を遠くに吹き飛ばした。虚空の闇を切り払い、眩い白が世界を覆いつくす。目を開けることは叶わない。自分が息をしているのかも分からない。苦しい。


 それは永遠のようでもあったし、数秒にも満たない出来事のようでもあった。


 あるとき、僕は後頭部に激しい衝撃を受けて、悶絶した。


 のたうち回りながら、頭をさすっているうちに、安心感のある木の香りを感じて目を開けた。そこは僕が魔女のために用意した“屋敷”だった。

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